4 unique stepshttps://4-unique-steps.com個性が強い人の身体・生活づくり実例集Sat, 11 Jul 2026 03:45:59 +0000jahourly1https://4-unique-steps.com/wp-content/uploads/2024/12/cropped-Untitled-design-e1742824167711-32x32.png4 unique stepshttps://4-unique-steps.com3232 関節リウマチでも一人暮らしは続けられる?|生活を立て直した50代女性の実例から学ぶ6つのポイントhttps://4-unique-steps.com/rheumatoid-arthritis-living/Sat, 11 Jul 2026 03:45:58 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2426

関節リウマチになると、歩くことや家事、外出、一人暮らしなど、これまで当たり前にできていたことへ不安を感じる方も少なくありません。 「これからも自宅で暮らし続けられるだろうか」 「歩けなくなってしまうのだろうか」 「家族に ... ]]>

関節リウマチになると、歩くことや家事、外出、一人暮らしなど、これまで当たり前にできていたことへ不安を感じる方も少なくありません。

「これからも自宅で暮らし続けられるだろうか」

「歩けなくなってしまうのだろうか」

「家族に頼らなければ生活できなくなるのではないか」

このような不安を抱える方もいるでしょう。

一方で、病状や生活環境に合わせて工夫を重ねながら、自分らしい暮らしを続けている方もいます。

今回は、50代の沼田繭子さん(仮名)の実例をもとに、関節リウマチとともに生活を立て直していくまでの経過をご紹介します。

この記事では全体の流れをテーマごとに整理しています。詳しい経過は、それぞれの関連記事でご覧ください。

沼田さんの経過

沼田さんは関節リウマチに加え、大腿骨頭壊死、間質性肺炎、菌血症など複数の病気を経験されました。

経過を簡単に整理すると、次のようになります。

股関節痛が悪化
左右大腿骨頭全置換術
間質性肺炎診断
菌血症による再入院
車椅子中心の生活
歩行能力の改善
食生活の見直しと約7kgの体重減少
一人暮らしの再建、活動拡大

一つの出来事だけで生活が変わったのではなく、治療やリハビリ、生活の工夫が積み重なりながら現在の生活につながっています。

歩けなくなる時期があっても、歩行能力は変化していきます

関節リウマチでは、痛みや炎症、体力低下などによって歩行が難しくなることがあります。

沼田さんも、自宅内で車椅子を使用する時期がありました。

その後、股関節痛の軽減や訪問リハビリによって、少しずつ歩く機会が増えていきます。

歩行能力がどのように変化したのかは、以下の、車椅子生活から歩行を取り戻した実例、で詳しく紹介しています👇

股関節が大きく障害されることもあります

関節リウマチは手指の病気という印象を持たれがちですが、股関節へ影響することもあります。

沼田さんは大腿骨頭壊死を経験し、人工骨頭置換術を受けました。

手術後に股関節痛が軽減し、その後の生活にも変化がみられています。

詳しくは、以下の、股関節が壊死して人工骨頭置換術に至った実例をご覧ください👇

間質性肺炎を合併することがあります

関節リウマチでは、関節だけではなく肺に病変が生じることがあります。

間質性肺炎を合併すると、息切れや体力低下によって生活範囲が狭くなることがあります。

沼田さんも入退院を繰り返し、生活を見直す必要がありました。

詳しい経過は、以下の、間質性肺炎の実例で紹介しています👇

感染症に注意が必要です。回復が遅れ生活が滞ることもあります

免疫を調整する治療では、感染症に注意が必要になることがあります。

沼田さんは菌血症を発症し、再入院を経験しました。

退院後は体力が低下し、一度生活を立て直す必要がありました。

詳しくは、以下の、菌血症・再入院の実例で紹介しています👇

食生活を見直すことは生活再建の大きな要因で

沼田さんは塩分を意識した食生活を始め、その方法の一つとしてnoshを利用されました。

その後、約7kgの体重減少がみられています。

一方で、この体重変化は塩分だけで説明できるものではありません。

股関節痛の軽減、活動量の増加、食生活の見直しなど、複数の要素が重なった結果と考えられます。

詳しくは、以下の、体重約7kg減少と食生活の実例で整理しています👇

生活は少しずつ整え直していくことができます

沼田さんは、

  • 股関節の手術
  • 間質性肺炎
  • 菌血症
  • 車椅子生活
  • 歩行能力の改善
  • 食生活の見直し

など、多くの出来事を経験されました。

その中で少しずつ生活を組み立て直し、一人暮らしを続けられる状態につながっていきました。

詳しい経過は、以下の、一人暮らしを取り戻した実例で紹介しています👇

理学療法士として感じたこと

この実例で印象に残ったのは、歩けるようになったことだけではありません。

痛みが軽減し、自宅で過ごす時間が変わり、家事や買い物ができるようになり、一人暮らしを続けられるようになったことです。

理学療法士として改めて感じたのは、身体機能の改善は生活を支える一つの要素であり、最終的に目指すのは、その方に合った暮らしを構築できることだということです。

リハビリでは、歩行能力や筋力だけでなく、「その人がどのような生活を送りたいのか」という視点が欠かせません。

この実例は、病気だけを見るのではなく、生活全体を見ながら支援することの大切さを改めて教えてくれました。

まとめ

関節リウマチでは、症状やリスクが多岐にわたり、歩行や家事、一人暮らしなど、生活のさまざまな場面に影響が及ぶことがあります。

一方で、適切な治療、リハビリ、生活の工夫、家族や医療者の支援を組み合わせながら、その時の身体に合わせた暮らしを築いていくことも可能です。

本記事では、沼田さんの全体像を紹介しました。

各記事では、それぞれの場面でどのような課題があり、どのように生活を立て直していったのかを詳しく紹介しています。

ご自身やご家族の状況に近いテーマから、ぜひご覧ください。

関連記事

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「塩分を意識したあと、体重は約7kg減少」|実例から理学療法士が考えた体重変化の背景https://4-unique-steps.com/rheumatoid-arthritis-weight-loss/Tue, 07 Jul 2026 04:16:47 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2415

50代の沼田繭子さん(仮名)は、関節リウマチに加え、間質性肺炎や大腿骨頭壊死(手術施行)、間質性肺炎、糖尿病など複数の病気と向き合いながら生活されていました。 その中でも、糖尿病は、食事管理や体重管理、血糖コントロールが ... ]]>

50代の沼田繭子さん(仮名)は、関節リウマチに加え、間質性肺炎大腿骨頭壊死(手術施行)、間質性肺炎、糖尿病など複数の病気と向き合いながら生活されていました。

その中でも、糖尿病は、食事管理や体重管理、血糖コントロールが重要とされる病気でもあり、日々の食生活が体調に影響しやすい側面があります。

沼田さんは、それまでご自身でぬか漬けやピクルスを作ることも多く、振り返ると塩分を摂り過ぎていたかもしれないと感じたことから、食生活の中で「塩分」を意識するようになります。

その際、無理なく続けられる方法として選ばれたのが、宅配食サービス「nosh(ナッシュ)でした。

noshを選ばれた理由としては、

・毎食の塩分量を細かく考えなくて済んだこと
・一人暮らしでも食事管理がしやすかったこと
・献立を考える負担が減ったこと
・調理の手間が少なく、体調に左右されにくかったこと

といった点があり、結果として「続けやすい食生活」につながっていたとも捉えられます。

食生活の工夫を続けるなかで、沼田さんの体重は約7kg減少しています。

この経過を見ると、体重の変化だけでは説明できない背景がみえてきます。

ここでは、体重変化の背景について、理学療法士の視点から整理してみます。

股関節の痛みと生活動作の変化

沼田さんは関節リウマチのほか、大腿骨頭壊死なども経験されています。

一時は股関節の強い痛みや体力低下によって、自宅内でも車椅子を使用する時間が増えていました。

料理や買い物も思うようにできない時期が続きましたが、手術(人工骨頭全置換術)を受け、訪問サービス(リハビリ、看護)を継続する中で、以下のような生活の様子にも変化がみられるようになりました。

・股関節痛が軽減し、屋内を歩いて移動する機会が増えた
・台所に立つ、買い物へ出掛けるといった家事動作が再開した
・お孫さんの世話や長時間の外出を楽しめるようになった

これに伴い、日常生活で身体を動かす機会も増えていきました。

約7kgの体重減少は、このような身体機能や生活の変化がみられた時期とも重なっています。

体重の推移に関わったと考えられる4つの要素

人工骨頭置換術による痛みの軽減

一つの転機となったのが、手術による股関節痛の軽減でした。

痛みが和らいだことで、それまで避けていた動作を少しずつ再開できるようになり、自宅内の移動や家事、外出の機会も増えていきました。

日常生活における身体活動量の増加

股関節の手術後、どんどん日常生活で身体を動かす時間が増えていました。

料理や掃除、買い物、お孫さんのお世話など、生活の中で身体を動かす時間が増えると、消費エネルギーに影響すると考えられます。

特別な運動ではなく、日々の生活そのものが以前より活動的になっていたことも、体重の推移に関わった可能性があります。

塩分管理にともなう体内水分バランスの変化

沼田さんご自身が最も大きな取り組みとして話されていたのが、塩分を意識した食生活でした。

一般的に、塩分を多く摂ると体内に水分をため込みやすくなることが知られています。

また、関節リウマチで使用されるステロイドでは、副作用として浮腫(むくみ)がみられることもあります。

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」でも、食塩摂取量の目標量が示されており、減塩は健康管理の基本の一つとされています。

一方で、体重は水分だけでなく、筋肉量や脂肪量、身体活動量など複数の要素によって変化します。そのため、今回の約7kgの減少を塩分だけで説明することはできません。

食事内容そのものの変化

減塩を意識したことが、食事全体を見直すきっかけになった可能性もあります。

沼田さんが利用したnoshは、全メニューを糖質30g以下、塩分2.5g以下という基準で提供しています。

また、一般的に、たんぱく質を十分に摂る食事は満腹感が持続しやすく、間食を減らしやすい可能性が報告されています

(ただし、今回の体重減少において、こうした要素がどの程度影響したかについては断定することはできません)

7kgの体重減少で身体に起こりうる変化

体重が約7kg減少すると、身体への負担にも変化が生じる可能性があります。

特に下肢関節では、体重が減ることで関節にかかる負荷が軽減されることが知られています。

例えば、歩行時には体重の数倍の力が膝や股関節にかかるとされており、体重減少はこれらの関節への負担軽減につながる可能性があります

その結果として、

・階段の昇り降りが楽になる
・立ち上がり動作がしやすくなる
・股関節や膝関節の負担が軽減される

といった変化がみられることもあります。

関節リウマチと体重変化について

関節リウマチでは、病状や治療内容によって体重が減少する方もいれば、ステロイド治療などの影響で体重が増加する方もいます。

そのため、今回の約7kgの体重減少を、関節リウマチの経過として一般化することはできません。

また、理学療法士としては、「noshを食べたから痩せた」と考えるのではなく、「食生活全体が整うきっかけになった可能性」と考える方が、今回の経過を説明しやすいと感じています。

沼田さんは、体重減少に加えて、痛みが軽減し、活動量が増え、食生活を見直すことができたという一連の経過を合わせて考えることが重要だと感じます。

一方で、約7kg体重が減った、というシンプルな数字の変化は大変分かりやすく、大きな自信と努力の継続に繋がり得ます。

沼田さんも、自分の意思で体重を減らすことができた、ということ自体が「励みになった」とおっしゃっています。

まとめ

沼田さんは、塩分を意識した食生活を始めた後、約7kgの体重減少を経験されました。

その頃には、

・股関節痛の軽減
・リハビリによる身体機能の回復
・日常生活での活動量の増加
・塩分を意識した食生活
・食事内容の見直し

といった出来事が重なっていました。

今回の約7kgという体重減少は、食生活だけではなく、痛みの軽減やリハビリ、日々の活動など、複数の要素が重なった時期にみられています。

食事を整え、痛みが軽くなり、歩ける距離が伸び、家事や外出を再び楽しめるようになった。その積み重ねが、「生活を取り戻す」という、このシリーズで伝えてきたテーマにつながっていたのだと感じます。

参考文献

・Leidy HJ, et al. The role of protein in weight loss and maintenance. Am J Clin Nutr. 2015.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25926512/

・Messier SP, et al. Weight loss reduces knee-joint loads in overweight and obese older adults. Arthritis Rheum. 2005.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15986358/

・厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html

・nosh(ナッシュ)公式
https://nosh.jp/

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関節リウマチで歩けなくなっても歩ける?|車椅子生活から歩行を取り戻した50代女性の実例https://4-unique-steps.com/rheumatoid-arthritis-walking/Sun, 05 Jul 2026 01:48:58 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2406

関節リウマチが進むと、以前のように自分の足で歩くことは難しいのではないか、と不安を感じる方もいるかもしれません。 歩けなくなると、家の中を移動するだけでも時間がかかるようになります。 買い物や料理、家族との外出など、それ ... ]]>

関節リウマチによる歩行の変化と、その先にある生活

関節リウマチが進むと、以前のように自分の足で歩くことは難しいのではないか、と不安を感じる方もいるかもしれません。

歩けなくなると、家の中を移動するだけでも時間がかかるようになります。

買い物や料理、家族との外出など、それまで当たり前だった暮らしにも少しずつ影響が広がっていきます。

今回ご紹介するのは、関節リウマチに加えて間質性肺炎(肺の壁に炎症が起こり、息切れなどが続く病気)や両側大腿骨頭壊死(股関節の骨が潰れてしまう病気)を抱え、自宅内で車椅子生活を送る時期があった沼田繭子さん(仮名・50代女性)の実例です。

度重なる入退院や予期せぬ感染症といった試練を経験しながらも、沼田さんは再び自分の足で歩けるようになり、少しずつ日常の範囲を広げていかれました

この記事では、病気そのものの経過だけではなく、歩けるようになることで暮らしがどのように変わっていったのか、その歩みを理学療法士の視点からご紹介します。

自宅内での車椅子生活と、狭まっていく日常

沼田さんは、リウマチと診断されてからも、しばらくは一本杖と4点キャスター付きのショッピングカートを使い、一人で買い物へ出かけたり、自宅で料理をしたりと、自立した生活を送られていました。

しかし、病状の変化や度重なる入退院を経験する中で、暮らしの様子は少しずつ変わっていきます。

両膝や股関節の痛みが強くなるにつれて立ち上がりが難しくなり、動くたびに痛みも強くなりました。

歩ける距離は徐々に短くなり、活動量も減少し、自宅内でも車椅子を使用する時間が増えていきました。

近所には娘さん一家が暮らしており、困ったときには助けを求められる環境がありました。しかし、娘さんも子育て中であり、日常生活をすべて支えてもらえる状況ではありませんでした。

沼田さん自身にも「できるだけ自分のことは自分で続けたい」という思いがありましたが、痛みと体力低下への不安から活動量はさらに減り、生活の範囲は少しずつ部屋の中へと狭まっていきました。

歩けなくなった背景には、いくつもの要因が重なっていた

沼田さんが歩けなくなった背景には、一つだけでは説明できない複数の要因がありました。

大きな要因の一つは、大腿骨頭壊死による強い股関節痛です。股関節の骨への血流が悪くなり骨が潰れてしまったため、人工骨頭置換術を受けました。しかし、長期間痛みをかばって生活していた影響は残っていました。

さらに、間質性肺炎の治療では強力なステロイド治療などが必要となり、その後は免疫力の低下に伴って菌血症という重い感染症も経験されています。

一般的に、高熱を伴う感染症や長期間の入院生活では、全身の筋力や体力が大きく低下することがあります。このような身体を動かさないことで起こる機能低下は「廃用症候群」と呼ばれています。

沼田さんの場合も、関節の痛みだけでなく、体力や筋力の低下が重なったことで、自力で歩くことが難しくなり、自宅で車椅子を使用する生活につながっていたと考えられます。

複数の原因が重なっていたからこそ、その時々の身体の状態を整理しながら、無理のない方法を考えていくことが歩行を取り戻すための第一歩になりました。

訪問リハビリでは、その日の身体を一緒に確認することから始め

訪問するたびに、まず確認していたのは「今日はどこまでなら安心して動けそうか」ということでした。

沼田さんには、病名と症状が複数あったため、前提として全身状態がどうなっているかを診なければいけません。

その上で、まずは自宅で安全に生活できる身体の状態かを確認することが大切だったからです。

そうしてどの程度活動可能であるかを確認した後に、リハビリは開始されます。

さらに、運動が可能だとしても、負荷のかけかたには細心の注意を要します。

たとえば、椅子から立ち上がるときや伝い歩きをするときには、膝や股関節へ負担が集中しない身体の使い方を一緒に確認し、痛みが強くならない範囲で動作を繰り返しました。

また、沼田さんは、午後になると痛みが強くなりやすい傾向にあったため、訪問時間も比較的動きやすい時間帯を選び、その日の疲れや痛みを確認しながら活動量を調整していきました。

おおまかに、

  • どのくらい動くと疲れが出るのか
  • 家事をした翌日に疲れが残っていないか
  • 少し歩いた後に痛みが強くならないか

こうした日々の変化を一緒に確認しながら、その日に合った活動量を決めていきました。

関節リウマチでは痛みや疲れ方に日内変動がみられることがあります。

そのため、毎日同じ内容を続けるよりも、その日の身体に合わせて生活を組み立てることが、長く歩き続けるためには大切になります。

歩きやすい身体づくりを支えた体重管理

沼田さんは経過の中で、約7kgの体重減少も経験されています。

一般的に、体重管理は股関節や膝関節への負担を軽くする一因になると考えられています。歩くときには体重の数倍の力が関節へ加わるとされているため、適切な体重を保つことは歩きやすさにもつながります。

(体重減少の影響に関しては別の記事でも取り上げていますのでご参照ください👇)

沼田さんの場合は、リウマチ治療のためにステロイド薬の内服が続いており、体重管理が難しい状況でした。

その中でも食事への工夫や日々の活動を続けた結果、体重が減少したことは、歩き続ける身体づくりを支える一つの要素になったと考えられます。

もちろん、歩けるようになった理由を体重だけで説明することはできません。股関節の手術による痛みの軽減、感染症からの回復、訪問リハビリの継続、その日の体調に合わせた活動量の調整など、さまざまな要因が重なった結果として歩行能力が改善していきました。

歩けるようになることで、暮らしは少しずつ広がっていく

人工股関節の手術後は、股関節の痛みが大きく軽減し、屋内での移動は少しずつ改善していきました。

自宅の中で動くことへの不安も和らぎ、車椅子で移動する場面は徐々に減っていきました。杖や伝い歩きを使いながら生活する時間が増え、日常生活動作(ADL)の改善や活動量の増加もみられるようになりました。

歩けるようになったことで、沼田さんの生活には次のような変化が生まれました。

  • 自分のペースで台所に立ち、料理を作れるようになった
  • 部屋の掃除や近所への買い物に出かけられるようになった
  • 近所に住むお孫さんのお世話を楽しめるようになった
  • 長時間の外出にも少しずつ自信が持てるようになった

歩行が安定したことで、「移動ができる」という変化だけではなく、「自分で生活を組み立てられる」という感覚も少しずつ戻っていきました。

理学療法士として感じたこと|歩くことは暮らしを支えるための力

リハビリでは、「何メートル歩けたか」「歩く速さがどれだけ改善したか」といった数字で表現しやすくなります。

しかし、沼田さんとの関わりを通して改めて感じたのは、歩くことには一人ひとり違った意味があるということでした。

歩けるようになることで、

「自分で料理ができる」

「買い物へ行ける」

「家族と出かけられる」

「住み慣れた家で暮らし続けられる」

こうした日常が少しずつ戻ってきます。

訪問リハビリでは、歩き方だけを練習するのではなく、「その人が毎日どんな生活を送りたいのか」を一緒に考えながら支援することを大切にしてきました。

歩くことは、それ自体がゴールではありません。

その人らしい暮らしを続けていくための、大切な力の一つなのだと感じています。

まとめ

関節リウマチやその合併症によって、一時は自宅内でも車椅子を中心とした生活となり、一人暮らしを続けられるか不安になることがあります。

沼田さんも、呼吸状態の悪化や股関節の痛み、感染症による再入院など、いくつもの出来事が重なり、歩くことが難しい時期を経験されました。

それでも、その時々の身体の状態に合わせながら必要な治療やリハビリを続け、生活の中で少しずつ歩く機会を増やしていくことで、再び自分の足で暮らしを支えられるようになっていきました。

関節リウマチの経過は一人ひとり異なります。体調や病状の変化によって思うように動けない時期があっても、その時の身体に合った方法を見つけながら生活を整えていくことはできます。

もう一度料理をする。もう一度買い物へ行く。もう一度自分の足で歩く。

そうした一つひとつの積み重ねが、その人らしい暮らしを少しずつ取り戻していく力になっていくのではないでしょうか。

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退院したばかりなのに、また高熱で入院…|菌血症を経験した関節リウマチ50代女性の実例https://4-unique-steps.com/rheumatoid-arthritis-infection/Sat, 04 Jul 2026 04:31:46 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2398

退院してようやく自宅へ戻り、「これから少しずつ元の生活に戻れそうだ」と思っていた矢先、再び高熱が出て病院へ向かうことに…… 関節リウマチでは、病気そのもののコントロールに加えて、治療薬の影響によって生じる感染症のリスクを ... ]]>

「また熱が出た…」

退院してようやく自宅へ戻り、「これから少しずつ元の生活に戻れそうだ」と思っていた矢先、再び高熱が出て病院へ向かうことに……

関節リウマチでは、病気そのもののコントロールに加えて、治療薬の影響によって生じる感染症のリスクを考えながら生活していくことが大切になる場合があります。

予期せぬ感染症の発症は、単に身体がつらいだけでなく、それまで築いてきた日々の暮らしや予定を強制的に止めてしまうという、生活上の大きな課題を併せ持っています。

今回ご紹介するのは、関節リウマチと間質性肺炎の治療を続ける中で菌血症(細菌が血液の中に入り全身へ広がった状態)を発症し、度重なる入退院に直面した沼田繭子さん(仮名・50代女性)の実例です。

この記事では、感染症に関する医学的な解説にとどまらず、突発的な入院によって生活がどのように止まってしまい、そこからどのように暮らしをもう一度動かしていったのかを理学療法士の視点を用いてご紹介します。

関節リウマチの治療中は感染症にも注意が必要です

関節リウマチの治療では、関節の腫れや骨が壊れていくのを抑えるために、免疫(体に侵入した細菌などと戦う仕組み)の働きを調整する薬が使われることがあります。

また、沼田さんは難病である間質性肺炎(肺の組織が慢性的な炎症によって硬くなる病気)の治療のため、ステロイドの内服薬による治療も併行していました。

これらの薬剤はリウマチの勢いを抑えるために不可欠である反面、身体が細菌などと戦う力を弱めてしまう側面を持っています。

そのため、普段ならかからないような弱い細菌に対しても身体が影響を受けやすくなり、予期せぬ感染症を引き起こすことがあります。

日常の中で、急な発熱、寒気、あるいは関節の急激な痛みといった変化を捉えた際は、決して無理をして様子を見ず、早めに主治医へ連絡することが大切です。

菌血症とは

菌血症とは、本来は細菌がいないはずの血液の中へ細菌が入り込み、全身へ運ばれた状態です。

急激な高熱や身体の激しい震え、強いだるさなどが現れ、速やかに入院して点滴による抗菌薬治療を行う必要があります。

早い段階で適切な治療を始めることができれば、比較的速やかに改善へと向かうケースが多くありますが、対応が遅れると全身の状態が急激に悪化することもあるため、早期の診断と治療開始が重要とされています。

入院のたびに、生活は途中で止まってしまいました

沼田さんは、ある日の朝からの発熱と、両膝の強い痛みが生じて医療機関を受診した際、菌血症と診断されました。

同時に腎機能の低下も確認されたため、その場で即時入院となりました。

この直前まで、沼田さんの生活はとても順調に広がっていました。

股関節の手術を経て歩くときの激痛から解放され、お孫さんの世話や自炊、掃除、長時間の外出など、一人暮らしを続けるための動作を自発的に増やせていたのです。

リハビリの場面以外でも、自主的な筋力トレーニングやマッサージを熱心に取り入れられていました。

しかし、菌血症の治療が始まり、薬によってデータ上の炎症が治まっていく一方で、それまで積み重ねてきた暮らしは、一度立ち止まることになりました。

・献立を考え、台所に立って自分の食事を用意すること

・近所のスーパーや楽しみにしていた外出先へ足を延ばすこと

・自宅での訪問リハビリの時間を過ごすこと

これらはすべて一度リセットされ、生活の中心は、再び病室で過ごす毎日に戻りました。

数週間の治療を経て無事に退院できたものの、退院直後の沼田さんの身体は、高熱による消耗と長期間のベッド生活によって、体力が著しく低下していました。

椅子からの立ち上がりが難しくなり、両膝の痛みも残っていたため、室内での移動は車椅子を使用する時間が増えていきました。

近所に住む娘さんに日々の家事を頼らざるを得なくなり、「今の自分の力で、一体どこまで動いていいのだろうか」と、動くことへの不安が強くなっている状態でした。

退院後は"元の生活に戻る準備"から始まりました

病院での治療が終わって熱が下がったからといって、すぐに自宅で元通りに動けるわけではありません。

入院中のベッドの上の生活によって、身体の筋肉は想像以上に細くなり、体力も落ちてしまうからです。

退院直後の沼田さんに対して、理学療法士として最初に取り組んだのは、

  • どのくらい動くと疲れや息切れが出てしまうのか
  • 立ち上がったり伝い歩きをしたりするとき、膝に負担がかかる不自然な力が入っていないか
  • 少し家事をした後、翌日に疲れが残らない活動量はどのくらいか

という「今日はここまでなら動いても大丈夫そうか」を、日々の訪問の中で沼田さんの状態を確かめながら、一緒に確認していきました。

退院直後の弱っている身体に対して、焦って無理な運動をしてしまうと、膝の痛みが強くなったり、過度な疲労から再び体調を崩してしまったりする恐れがあります。

その日の疲労感や体調をしっかりと見極めながら、無理のない範囲で少しずつ暮らしを組み立てていったことが、その後の安心できる療養生活につながっていきました。

感染症は治っても生活機能は自然には戻らない

医療の現場では、血液データが改善し、熱が下がれば急性期治療はひと区切りとなります。

しかし、自宅に戻った患者さんにとっては、そこからが生活を動かす本当のスタートです。

長期間にわたって身体を動かさない状態が続くと、関節が硬くなり、特に立ち上がりや歩行に必要な太ももの筋力が著しく低下します。

これらは、ただ自宅で安静にして過ごしているだけでは、自然に元の状態へ戻ることはありません。

だからこそ、現在の筋力や関節の状態に合わせたリハビリが必要になります。

沼田さんの場合も、膝の痛みをかばうために太ももの筋肉が強く緊張し、それが原因でさらに椅子から立ち上がりにくくなるという悪循環が起きていました。

そこで訪問リハビリでは、硬くなっている筋肉をほぐして関節の動きを整えたうえで、膝に余計な負担をかけずに楽に立ち上がるための身体の使い方を練習していきました。

ただ闇雲に動くのではなく、「どのように動けば痛まずに安全か」をひとつずつ整理していくことで、車椅子から伝い歩きへ、さらに自分の足での移動へと、安全に生活の範囲を戻していくことができるのです。

理学療法士として感じたこと

突発的な感染症による再入院を経験すると、多くの当事者は「せっかく自宅で動けるようになったのに、すべての努力が水の泡になってしまった」と、強い喪失感や諦めの気持ちを抱きやすくなります。

しかし、理学療法士として多くの経過を見届けてきた経験から言えるのは、入院前に取り組んでいた身体の動かし方の記憶や、日々のトレーニングの積み重ねは、決してゼロにはならないということです。

確かに一時的に生活は止まってしまいますが、体調が安定すれば、以前よりもずっとスムーズに動く感覚を取り戻すことができます。

リハビリの役割は、単に歩く距離を伸ばしたりスピードを速くすることだけではありません。

予期せぬ体調の変化によって生活が不意に止まってしまったときに、その変化を一緒に受け止め、そこから再び立ち上がるための道筋を少しずつ積み重ねていくことこそが、大切な役割なのだと感じています。

まとめ

関節リウマチの治療を続ける中で、お薬の影響による感染症の発症と、それによる突発的な再入院は、決して珍しいことではありません。

沼田さんも、菌血症という大きな試練によって、順調だった自宅生活を一時的に中断せざるを得ない局面を迎えました。

それでも、その時々の身体の状態を受け止めながら、必要なサポートを適切に活用し、暮らしをもう一度動かしてこられました。

感染症は、病院での治療が終われば一区切りつきます。

しかし、一度止まってしまった生活は、何もしないままでは自然には動き始めません。

もう一度自分の手で料理をする。

もう一度自分で買い物へ行く。

もう一度自分の足で部屋の中を歩く。

そんな当たり前だった日常のひとコマをひとつずつ取り戻していく時間、その積み重ねが、もう一度「自分らしい暮らし」を取り戻していく力になっていくのではないでしょうか。

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関節リウマチは手や指の症状が出るというイメージが強いかもしれません。しかし、人によっては肺に障害が及ぶことがあり、歩くことやそれまでの暮らしを続けるのが難しくなることがあります。 「息切れが続くようになった」 「以前より ... ]]>

息切れが増え、少しずつ生活が変わっていきました

関節リウマチは手や指の症状が出るというイメージが強いかもしれません。しかし、人によっては肺に障害が及ぶことがあり、歩くことやそれまでの暮らしを続けるのが難しくなることがあります。

息切れが続くようになった

以前より疲れやすくなった

外へ出るのがおっくうになった

このような変化によって、それまで当たり前だった暮らしを続けることが難しくなる方もいます。

今回ご紹介するのは、関節リウマチに間質性肺炎(肺に炎症や傷あとができ、息切れや咳が続きやすくなる病気)を合併し、入退院を繰り返しながらも生活を立て直していった沼田繭子さん(仮名・50代女性)の実例です。

この記事では病気の詳しい解説よりも、間質性肺炎によって生活がどのように変わり、どのように日常を整え直していったのかという過程をご紹介します。

なぜ関節リウマチで間質性肺炎になることがあるのでしょうか

関節リウマチは、関節だけでなく全身に影響を及ぼす病気です。

そのため、人によっては肺の組織に炎症が起こり、間質性肺炎を合併することがあります。

また、リウマチの活動性(病気の勢い)を抑えるための治療では、免疫の働きを抑える薬を使用することも多く、感染症への注意が常に必要になるという側面もあります。

すべての方に起こるわけではありませんが、関節リウマチと付き合っていくうえでは、関節の痛みだけでなく呼吸の変化にも注意しながら経過をみていくことが大切です。

間質性肺炎とは

間質性肺炎とは、肺で酸素を取り込む役割を担う「間質」と呼ばれる壁の部分に炎症や傷あと(線維化)が生じる病気です。

症状が進むと、

  • 少し歩いただけで息切れがする
  • 階段の上り下りがつらくなる
  • 咳が続く
  • 疲れやすくなる

といった変化がみられることがあります。

症状の進み方には個人差があり、長い時間をかけてゆっくり進行する方もいれば、何らかのきっかけで急激に悪化する場合もあります。

そのため、息切れが以前より強くなったと感じた時は、一人で我慢をせず、早めに主治医へ相談することが大切です。

沼田さんはどのような経過をたどったのでしょうか

沼田さんはもともと、関節リウマチの薬物療法(薬による治療)を受けながら症状をコントロールし、一人暮らしを続けていました。

しかし、その後に間質性肺炎を発症して入院治療が必要となりました。

ステロイド治療(強い炎症を抑えるまたは過剰な免疫の働きを抑える治療法)などによって一度は症状が落ち着き退院されましたが、

その後に自宅で転倒したことをきっかけに呼吸苦や動くことが難しくなり、間質性肺炎の増悪(急激な悪化)が認められて緊急入院となりました。

治療によって呼吸状態は一度改善し、外来でのフォローに移行しましたが、その後も発熱や関節痛の悪化がみられ、精査や治療のための入院を繰り返すことになります。

さらに、肺の炎症を抑えるパルス療法(強力な点滴治療)の予定期間中に炎症反応の高値が続き、抗生剤による治療が行われるなど、思うように自宅へ帰れない時期が続きました。

間質性肺炎による呼吸苦や入退院の影響もあり、体力や脚の筋力は少しずつ低下していきました。

息切れだけではありません。

長期間にわたる安静期間や度重なる加療は歩く力にも影響し、活動量は徐々に減少していきました。

訪問看護が導入された時期には、四肢の痛みも重なって自宅内では車椅子を使用する時間が増えていました。

なぜリウマチ治療が難しくなったのでしょうか

間質性肺炎を合併すると、関節リウマチの治療はより慎重な判断が必要になることがあります。

沼田さんの場合も、肺の炎症を抑えるためのステロイド治療を行う一方で、免疫力が低下することによる感染症のリスクが常に隣り合わせの状況でした。

その後も、朝からの発熱や両膝の強い痛みによって受診した際、細菌が血液の中に入り込み全身に広がる「菌血症」の発症が認められ、腎機能低下の加療も兼ねて即時入院となっています。

こうした感染症の併発が起こると、それまでの治療内容を一時的に見直したり、薬の調整を遅らせたりせざるを得ない局面が出てきます。

思うようにリウマチ自体の治療を進められない時期があることは、ご本人にとっても焦りにつながりやすいものです。

病気そのもののつらさだけでなく、

「今日は息を切らさずに動けるだろうか」

「少し動いただけで苦しくなったらどうしよう」

という先々の不安が重なり、生活の範囲は少しずつ狭くなっていきました。

少しずつ生活を立て直していきました

退院して自宅に戻ったからといって、すぐに以前と同じように動けるわけではありません。

例えば沼田さんは「息が切れるのが怖いから今日は掃除をやめておこう」と話されることがありました。

一方で、何日も動かずにいると体力はさらに低下してしまいます。そのため私たちは、「どこまでなら無理なく動けるか」を一緒に確認しながら、その日の生活量を考えていきました。

体調が安定している日は、呼吸が乱れない範囲を確かめながら家の中を少し長く歩いてみる。

疲れや息切れを自覚しやすい日は、無理に動かず、しっかりと休息をとる。

その日の身体の状態に合わせて活動量を調整しながら、少しずつ生活のリズムを取り戻していきました。

その後、股関節の障害(大腿骨頭壊死)に対する手術やリハビリも経て、自分で台所に立って料理をしたり、買い物へ出かけたり、お孫さんのお世話をしたりと、一人暮らしに必要な動作を少しずつ安全に再開できるようになっていきました。

股関節の経過や術後の生活については、以下の記事で詳しくご紹介しています。

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間質性肺炎と付き合いながら生活を続けるために

間質性肺炎を合併している場合は、病気そのものを完全になくすことだけを目標にするのではなく、日々の変化にいち早く気づき、適切に対処していくことが大切です。

例えば、次のような心がけが生活を支える力になります。

  • 定期的に外来を受診し、診察や検査で呼吸状態を確認してもらう
  • 免疫力の低下に備え、手洗いやうがいなどの感染予防を心がける
  • 息切れや疲労感が強い日は、予定を詰め込みすぎず休息を優先する
  • 「いつもより苦しい」「熱がある」と感じたら、我慢せず早めに訪問サービス担当者や主治医へ相談する
  • その日の体調に合わせて家事や外出などの活動量を調整する

無理をして頑張り続けることだけが良いわけではありません。

自分の身体が発するサインを無視せず、その日の体調に合わせて生活の強さを調整することも、一人暮らしを続けるための大切な工夫です。

理学療法士として感じたこと

間質性肺炎と診断されると、

「息切れをするのが怖いから、できるだけ動かない方がいい」

と活動を極端に控えてしまう方も少なくありません。

もちろん、間質性肺炎が急激に悪化している時など、呼吸状態が著しく悪い場合には医師の指示による安静が最優先です。

しかし、過度な不安から必要以上に動かない生活を続けてしまうと、筋力や体力が低下し、さらに少しの動作でも息切れしやすくなるという悪循環につながることがあります。

私が沼田さんの支援に関わる中で改めて強く感じたのは、「生活を続けるための努力」と「身体を無理に追い込むこと」は別物だということでした。

体調が良い日には、その日の身体に合わせた活動を行う。

疲れや息切れが強い日は、周囲の力を借りながらしっかり休む。

その積み重ねが、住み慣れた家での暮らしを続ける力につながっていたのだと思います。

まとめ

関節リウマチに間質性肺炎を合併すると、息切れや度重なる入退院による体力低下によって、それまでの生活の形は大きく変わることがあります。

沼田さんも、入退院を繰り返す中で、一時は自宅内でも車椅子を使用する時間が増えていました。

それでも、その時々の身体の状態を受け止めながら、医療や介護の支援を受け、暮らし方を少しずつ整え直してこられました。

間質性肺炎のような長く付き合っていく病気があっても、以前とまったく同じ生活に戻ることだけが目標ではありません。

病状や体力の変化に合わせながら、その時の自分に合った暮らし方を少しずつ整え直していく。

沼田さんの歩みは、生活再構築とは一度だけのものではなく、その時々の身体と向き合いながら何度でも続けていけるものだということを教えてくれました。

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関節リウマチで股関節が壊れることはある?|歩けなくなるまでと人工股関節手術に至った実例https://4-unique-steps.com/rheumatoid-arthritis-hip/Wed, 01 Jul 2026 06:28:28 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2378

関節リウマチは手や指の病気というイメージが強いかもしれません。 しかし、人によっては股関節にも障害が及び、歩くことや一人暮らしが難しくなることがあります。 「リウマチなのに、股関節まで悪くなることがあるのだろうか。」 そ ... ]]>

関節リウマチは手や指の病気というイメージが強いかもしれません。

しかし、人によっては股関節にも障害が及び、歩くことや一人暮らしが難しくなることがあります。

関節リウマチは、手や膝だけの病気ではありません

「リウマチなのに、股関節まで悪くなることがあるのだろうか。」

そのような不安を抱えている方も多くいらっしゃるでしょう。

関節リウマチは手や指だけではなく、全身に影響を及ぼす病気です。病気そのものや治療、活動量の低下など、さまざまな要因が重なることで、股関節にも大きな障害が生じることがあります。

今回ご紹介するのは、関節リウマチに加えて間質性肺炎(肺に炎症や傷あとができ、息切れや咳が続きやすくなる病気)を経験し、その後、股関節の痛みが強くなり、大腿骨頭壊死(股関節の骨に十分な血液が届かなくなり、骨が潰れてしまう病気)と診断された沼田繭子さん(仮名・50代女性)の実例です。

歩くことが難しくなり、一人暮らしの生活が大きく変わっていく中で、最終的に人工骨頭全置換術(股関節の傷んだ部分を人工の部品に置き換える手術)を受けることになりました。

この記事では、股関節の痛みがどのように進行し、手術が必要になるまで生活がどのように変化していったのか、その経過を中心にご紹介します。

最初は関節リウマチによる痛みでした

全身の病気が、少しずつ生活を変えていった

沼田さんは、もともと関節リウマチの治療を続けており、薬物療法(薬による治療)によって症状をコントロールしながら一人暮らしを続けていました。

参照記事👇

しかし、その後に難病である間質性肺炎を発症し、急性増悪(急激な悪化)による緊急入院などを経験されます。

肺炎の治療のためにステロイドパルス療法(副腎皮質ホルモンを大量に点滴する治療)などの強力な治療が必要となり、入退院を繰り返す中で体力や脚の筋力は少しずつ低下していきました。

さらに、リウマチの活動性を抑えるための治療強化と、免疫力が下がったことによる感染症への対応も必要となり、思うように身体を動かせない時期が続きます。

関節の痛みだけでなく、「動きたいのに動けない」という状況が続いたことで、活動量は徐々に減っていきました。

沼田さんの場合、関節リウマチだけでなく、間質性肺炎の治療や入退院による体力低下など、いくつもの要因が重なりながら生活が変化していきました。

その中で股関節にも障害が及び、大腿骨頭壊死と診断されることになります。

股関節の痛みが少しずつ強くなっていった

当初は一本杖と4点キャスター付きのショッピングカートを使いながら、自分で買い物へ出かけ、ご自身のペースで料理を作る生活を続けていました。

しかし、股関節の痛みは少しずつ強くなり、歩ける距離は短くなっていきました。

台所に立って料理をする時間も減り、外出の回数も少なくなります。

沼田さんは「できるだけ自分で生活を続けたい」という思いを持ち続けていましたが、その思いとは裏腹に、身体は少しずつ思うように動かなくなっていきました。

大腿骨頭壊死と診断されました

股関節の痛みが続いた結果、沼田さんは大腿骨頭壊死と診断されました。

大腿骨頭壊死とは、大腿骨(太ももの骨)の先端にある骨頭へ十分な血液が届かなくなり、骨の組織が壊れて潰れてしまう病気です。

原因は一つではありませんが、リウマチや肺炎の治療で用いられるステロイド治療(プレドニゾロンやリンデロンなどの内服薬)は、一般的に発症に関係する要因の一つとして知られています。

ただし、沼田さんの場合、この病気がどのような要因で生じたのかを断定することはできません。

重要だったのは、股関節の痛みが急速に強くなり、日常生活に大きな影響を及ぼし始めたことでした。

痛みが生活そのものを奪っていった

歩くだけで痛い。

椅子から立ち上がるだけで痛い。

安静にしている時でも、姿勢を少し変えたり、股関節が少し動いたりしただけで痛みが走る状態となりました。

定時の鎮痛薬を1日3回服用し、さらに頓用(痛むときだけ飲む薬)の痛み止めや坐薬を重ねても十分な効果は得られず、その効き目は「薬を飲まないよりはほんの少しマシ」という程度でした。

痛みによって夜も眠れず、食欲も低下し、食事量も減っていきました。

家の中では車椅子を使う生活となり、一人でできていた移動や生活動作が一つずつ難しくなっていきます。

この時期、見かねた訪問看護師は、状態を心配して主治医へ連絡し、入院時期を早めることも提案しています。

しかし、沼田さんは、「家で過ごしたい」という希望を話されました。

「病院では自分のペースで行動することが難しく、鎮痛剤の点滴も効きにくかったりする。何より、つらい時に周囲を気にして、泣きたい時に泣けないから」

そこには、住み慣れた自宅で、自分らしい生活を続けたいという強い思いがありました。

人工股関節手術という選択

痛みが強くなり、自宅での生活維持が難しくなったことで、沼田さんは大腿骨頭壊死に対して人工骨頭置換術を受けることになりました。

この手術は、股関節の傷んだ部分を人工の部品に置き換え、痛みの軽減や歩きやすさの改善を目指す手術です。

手術の詳しい内容や流れについては、別の記事で詳しく紹介しています。

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手術は終わりではなく、新しい生活の始まりでした

手術後、股関節の痛みは大きく軽減し、屋内での移動は少しずつ改善していきました。

車椅子中心だった生活から、杖や居室の伝い歩きで移動できる場面が増え、日常生活動作(ADL:食事や入浴など毎日の生活に必要な基本動作)の改善や活動量の増加が見られるようになりました。

自分のペースで料理をしたり、買い物へ出かけたり、お孫さんのお世話をしたり、長時間のお出かけを楽しんだりする時間も戻ってきました。

関節リウマチという病気そのものが治ったわけではありません。

外来でのフォローを受けながらステロイド薬を少しずつ減らしていくなど、治療はその後も続いていきます。

それでも、股関節の痛みが大きく軽減したことで、「できること」は確実に増えていきました。

術後の生活については、別の記事でもご紹介しています👇

理学療法士として感じたこと

関節リウマチを抱える方では、手足の小さな関節だけでなく、股関節のような大きな関節にも障害が及ぶことがあります。

「まだ杖で歩けるから大丈夫」

「もう少し様子を見よう」

と考えているうちに、骨の変形や筋力低下が進み、生活への影響は少しずつ広がっていくことがあります。

沼田さんも、最初から手術が必要だったわけではありませんでした。

できる限り自宅で生活を続けたいという強い思いを持ちながら、その時々の身体に合わせて治療やリハビリを続け、それでも痛みが生活を大きく制限するようになった結果として、手術という選択に至りました。

人工股関節手術には、股関節の痛みを軽減するだけでなく、その人が望む生活を続けられるよう支えるという大切な役割もあります。

股関節の痛みは、歩きにくさだけでなく、暮らし方そのものを変えてしまうことがあります。

だからこそ、「まだ我慢できるから」と一人で抱え込まず、早めに主治医やリハビリ職へ相談し、その時々の身体に合った方法を一緒に考えていくことが大切です。

生活を続けていくための方法は、一人ひとり異なります。

その時々の身体に合わせながら、自分らしい暮らしを続ける方法を少しずつ見つけていくことが、生活再構築の第一歩になるのではないでしょうか。

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歩けなくなり、一人暮らしを諦めかけた|関節リウマチの50代女性が生活を取り戻すまでhttps://4-unique-steps.com/rheumatoid-arthritis-living-alone/Tue, 30 Jun 2026 12:07:56 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2366

「この先も、この家で一人暮らしを続けられるのだろうか。」 関節リウマチになると、関節の痛みや腫れだけでなく、疲れやすさによっても日常生活が少しずつ難しくなることがあります。 最初は買い物や掃除が負担になる程度でも、症状が ... ]]>

関節リウマチがあっても、生活は少しずつ整え直していくことができます

「この先も、この家で一人暮らしを続けられるのだろうか。」

関節リウマチになると、関節の痛みや腫れだけでなく、疲れやすさによっても日常生活が少しずつ難しくなることがあります。

最初は買い物や掃除が負担になる程度でも、症状が進むと歩くことや立ち上がることさえ苦痛となり、外出の機会が減ってしまう方も少なくありません。

今回ご紹介するのは、関節リウマチに加えて間質性肺炎(肺に炎症や傷あとができ、息切れや咳が続きやすくなる病気)や両側大腿骨頭壊死(股関節の骨に十分な血液が届かなくなり、骨が潰れてしまう病気)を抱えながら、一人暮らしを続けていた沼田繭子さん(仮名・50代)の実例です。

痛みによって歩けなくなり、自宅内でも車椅子で生活する時期もありました。それでも、ご本人に合ったリハビリや治療を続けることで、少しずつ生活を取り戻していきました。

この記事では、病気そのものではなく、「生活をどのように立て直していったのか」という過程をご紹介します

関節リウマチで、一人暮らしが難しくなっていった

痛みだけではなく、疲れやすさも生活を変えていった

関節リウマチでは、関節の痛みや腫れだけでなく、全身の疲労感によって活動量が低下することがあります。

沼田さんも、病状の変化に加えて間質性肺炎の影響を受け、入退院を繰り返す中で体力や筋力が低下していきました。

結果として、歩くことが難しくなり、日常生活にも大きな影響が出始めました。

間質性肺炎による呼吸苦や入退院の影響もあり、体力や下肢筋力は少しずつ低下していきました。

さらに下肢の関節痛も重なり、リウマチの薬を調整している最中には皮膚に紫斑が現れるなど、免疫の低下に伴う感染症のリスクにも注意が必要な状況が続いていました。

買い物や料理が少しずつ難しくなった

発症前は、一人で買い物へ出かけ、自宅で料理をすることも当たり前の日常でした。

しかし症状が進むにつれ、一人での買い物は難しくなり、ヘルパーや娘さんと一緒に出かけるようになります。

料理は続けていたものの、以前のようにはできず、自分の体調に合わせながら少しずつ行う生活へと変わっていきました。

沼田さんは以前、一本杖と4点キャスター付きのショッピングカートを使いこなし、ご自身で近所のスーパーへ買い物に出かけるのが日課でした。

しかし、痛みの悪化とともに歩ける距離は短くなり、台所に長時間立ち続けることも難しくなっていきました。

近所に住む娘さんは、小さなお子さんの育児中でした。必要な時に買い物などを手伝ってもらいつつも、「これ以上家族に負担をかけたくない」という思いから、沼田さんはできる限りの家事を自分のペースで続けられていました。

歩けなくなり、車椅子中心の生活になった

痛みが強くなると、杖だけでは移動が難しくなり、自宅内でも車椅子を使用する生活となりました。

動くだけで痛みが強くなるため、自然と活動量は減り、「できること」が少しずつ減っていきます。

股関節の痛みの原因は、骨への血流が悪くなって潰れていく大腿骨頭壊死でした

安静にしている時でも、姿勢を少し変えたり、股関節がわずかに動いたりしただけで痛みが走る状態でした。強い鎮痛薬や坐薬を重ねても十分な効果は得られず、「薬を飲まないよりは少しまし」という程度でした。

その時、痛みで夜も眠れず、食欲も落ちて食事が摂れなくなっていく沼田さんを見かねて、訪問看護師は主治医へ相談し、早急な入院を提案しています。

しかし、沼田さんは「家で過ごしたい」という希望をいつも話されました。

「病院では自分のペースで行動することが難しく、結局、鎮痛剤の点滴も効きにくかったりする。何より、つらい時に周囲を気にして、泣きたい時に泣けないから」と。

そこには、住み慣れた自宅で過ごしたいという強い思いがありました。

生活を諦めないために始めたリハビリ

まず目標にしたのは「生活の基礎」

リハビリで目指したのは、特別なことではありませんでした。

  • 安心して家の中を移動できること
  • 自分で料理ができること
  • 必要な買い物へ出かけられること
  • 一人暮らしを続けるために必要な生活動作を取り戻すこと

沼田さんはその後、両側の人工骨頭全置換術(傷んだ股関節を人工の部品に置き換える手術)を受けました。

手術によって股関節の痛みは軽減しましたが、すぐに元の生活へ戻れるわけではありません。

私たち訪問担当者としては、単に歩く練習を増やすのではなく、

  • 台所にどのくらい立っていられるか
  • 一人で安全に入浴できるか
  • 内服や自己注射を継続できるか

といった、一人暮らしに必要な生活動作を目標に、看護師や介護士と連携しながらリハビリを進めました。

無理をするのではなく、できることを少しずつ増やした

関節リウマチでは、痛みを我慢して動き続ければよいというものではありません

症状の変化を確認しながら、関節への負担を考慮しつつ活動量を維持することが大切になります。

私が沼田さんのリハビリで意識していたのは、以下のことです。

  • 午後になると痛みが強くなりやすい特徴があったため、訪問は比較的動きやすい午前中に設定
  • 痛みが強い日は活動量を控え、調子の良い日は歩行や家事練習を少し増やすなど、その日の身体の状態に合わせて内容を調整

毎日同じことを続けるのではなく、その日の身体に合わせて生活を組み立てることが、長く生活を続けるためには大切だと考えています。

少しずつ生活を取り戻していった

股関節の手術後、歩ける距離が少しずつ伸びた

両側の股関節手術後は、股関節の痛みが軽減し、歩行や日常生活動作(ADL:食事・着替え・トイレ・入浴など、毎日の生活に必要な動作)も改善していきました。

活動量も徐々に増え、以前より動ける時間が長くなっていきました。

手術を機に、沼田さんの屋内での移動手段は車椅子から杖や伝い歩きへと変わっていきました。

自宅内で動くことへの不安も少しずつ和らぎ、活動量は増加していきました。

料理や外出が再びできるようになった

回復とともに、自宅で料理をしたり、お孫さんのお世話をしたり、外出を楽しんだりできる時間も増えていきました。

関節リウマチという病気が完治したり股関節が元通りの戻ったわけではありません。

それでも、「できないこと」に注目するばかりではなく、「できること」を積み重ねることで、生活は少しずつ変わっていきました。

自分のペースで料理をしたり、掃除をしたり、買い物へ出かけたりする機会も増えていきました。

お孫さんのお世話や長時間のお出かけもできるようになり、生活の幅は確実に広がっていました。

順調な時期ばかりではありませんでした

生活が落ち着き始めると、「このまま良くなっていく」と期待したくなるものです。しかし、関節リウマチの経過は多くの場合、一直線ではありません。

生活が安定してきた頃、今度は両膝の痛みが強くなり、立ち上がりも難しくなっていきました。

リハビリでは、一貫して、関節への負担が大きくなりすぎないよう活動量を調整しながら支援を続けました。

またある時には、発熱をきっかけに菌血症(細菌が血液の中に入り、全身へ広がった状態)と腎機能低下(腎臓の働きが弱くなった状態)を認め、再び入院となります。その当時は、せっかく取り戻した生活が、一時的に逆戻りすることになりました。

しかし、それまでの努力が無駄になったわけではなく、沼田さんは最初に発症した時よりも、早いスピードで生活を取り戻すことができました。

どんな状況でも、その時の身体の状態に合わせて、もう一度生活を整え直していくことが大切になります。

まとめ|生活は、その時々の身体に合わせて整えていくことができます

関節リウマチは、症状が落ち着く時期もあれば、悪化する時期もあります。

沼田さんにも、

  • 歩けなくなった時期
  • 股関節の手術を受けた時期
  • 自宅での生活を楽しめるようになった時期
  • 感染症によって再び入院した時期

などの紆余曲折がありました。

それでも、その都度、ご自身の身体と向き合いながら、暮らし方を少しずつ整え直してこられました。

理学療法士として多くの方と関わる中で感じるのは、「生活の再構築」とは、一度生活を取り戻して終わりではないということです。

病状が変われば生活も変わります。

年齢を重ねれば、必要な支援も変わります。

生活再構築とは、一度生活を取り戻すことではありません。

その時々の身体に合わせて、何度でも生活を組み立て直していくことです。

関節リウマチがあっても、すべてを諦める必要はありません。

その時々の身体に合わせて、暮らし方を少しずつ整え直していく。

その積み重ねが、自分らしい生活を続ける力になるのではないでしょうか。

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脳卒中後の生活再構築総合ガイド|歩けるようになった、その先の生活を取り戻すためにhttps://4-unique-steps.com/stroke-life-reconstruction/Sun, 28 Jun 2026 02:33:18 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2341

脳卒中のリハビリは、「歩けるようになること」で終わりではありません 脳卒中を発症したとき、多くの方が最初に目標とするのは、「歩けるようになること」です。※麻痺の程度や全身状態によって、「車椅子利用」等に目標は変わります ... ]]>

脳卒中のリハビリは、「歩けるようになること」で終わりではありません

脳卒中を発症したとき、多くの方が最初に目標とするのは、「歩けるようになること」です。
麻痺の程度や全身状態によって、「車椅子利用」等に目標は変わります

ベッドから起き上がる。

立ち上がる。

トイレへ行く。

自分の足で歩けるようになる。

これは、これまでの生活を取り戻すために欠かせない、とても大切な一歩です。

しかし、理学療法士として23年間、病院や在宅で多くの方の生活を支援してきた中で、私はいつも感じてきたことがあります。

それは、本当の生活は、「歩けるようになったあと」から始まるということです。

退院して自宅へ戻ると、病院では見えなかった現実が少しずつ見えてきます。

・家のお風呂に入れない
・家事が思うようにできない
・話したいのに言葉が出ない
・歩けるのに転倒してしまう
・働きたいのに仕事へ戻る自信が持てない
・旅行へ行きたいけれど不安が残る

こうした悩みは、麻痺や筋力だけでは説明できません。

住環境、ご家族の支援、高次脳機能障害(注意・記憶・判断など脳の働きの障害)、社会とのつながりなど、多くの要素が重なり合って生活へ影響します。

私たちは、この一連の過程を「生活の再構築」と考えています。

以前とまったく同じ生活へ戻ることだけが目標ではありません。

今の身体と、今の生活に合わせて、新しい暮らしを組み立てていくこと。

それが生活再構築です。

この記事では、実際の患者さんとの関わりを通して見えてきた「身体」「生活」「安全」「社会参加」の4つの段階をご紹介します。

今、ご自身やご家族がどの段階にいるのかを知りながら読み進めていただければ幸いです。

身体の再構築|歩けるようになることは、新しい生活のスタート

脳卒中になると、まず目標になるのは身体を動かすことです。

起き上がる。

立ち上がる。

歩く。

トイレへ行く。

こうした基本動作を取り戻すことは、生活再構築の第一歩になります。

しかし、「歩ける」という一言だけでは、その人の状態を十分に表すことはできません。

実際には、

「脚が自分のものではないように感じる」

「歩けるけれど疲れやすい」

「思うように動かせない」

という違和感を抱え続けている方も少なくありません。

例えば、58歳で脳幹梗塞を発症した宮野木きみこさん(仮名)は、退院時には日常生活動作の評価も良好で、杖も使わず一人で歩けるまで回復されました。

それでも、

「左脚が義足みたい。」

というご本人の言葉が印象的でした。

詳しく評価すると、筋力だけではなく、身体の位置を感じる感覚や、動きを滑らかに調整する協調性に軽い機能低下が残っていました。

周囲には分からなくても、ご本人だけが感じる歩きにくさが残ることがあります。

詳しい経過や評価については、こちらの記事で紹介しています👇

一方で、身体機能が回復しても、一人で安全に外出できるとは限りません。

53歳で前頭葉梗塞を発症した出村広子さん(仮名)は、歩行そのものには大きな問題はありませんでした。

しかし実際に地域で歩いてみると、

・信号への注意が遅れる
・道路の中央を歩いてしまう
・目的地まで迷ってしまう

といった場面が見られました。

これは歩行能力ではなく、高次脳機能障害による注意機能や遂行機能(順序立てて行動する力)の影響でした。

歩けることと、安全に目的地へたどり着けることは同じではありません。

詳しくは、こちらの記事でご紹介しています👇

身体の再構築は、生活を取り戻すための土台です。

しかし、歩けるようになったからといって、生活が自然に元通りになるわけではありません。

その先には、「自宅で暮らす」という新しい課題が待っています。

生活の再構築|歩けるようになっても、生活は自然には戻らない

急性期の治療を経て退院の日が決まると、とくに歩けるようになった患者さんやご家族の多くは、

「これで家でも普通に生活できそうだ」

と感じます。

しかし、実際には病院でできていたことが、自宅では難しいことが少なくありません。

病院は、リハビリを行うために整えられた環境です。

廊下は広く、段差は少なく、手すりもあります。

困ったときには医療スタッフがすぐ近くにいます。

一方、自宅には、

玄関の段差、

狭い廊下、

低い便器、

手すりのない浴室、

家具の配置、

それぞれの家ならではの環境があります。

さらに、ご家族の生活リズムや介護にかけられる時間も一人ひとり異なります。

そのため、退院とはリハビリの終了ではありません。

「自宅で生活するためのリハビリ」が始まる日でもあるのです。

入浴は「歩ける」だけでは安全に行えないことがあります

入浴は、日常生活の中でも特に難しい動作です。

・浴槽をまたぐ
・濡れた床で方向を変える
・片脚で身体を支える
・浴槽から立ち上がる

こうした動作には、歩く以上にバランス能力や環境が大きく関係します。

48歳で左被殻出血を発症した藤田剛士さん(仮名)は、病院内では装具を装着して一人で歩けるまで回復されました。

しかし、退院前に自宅を訪問すると、

・玄関の段差
・トイレの高さ
・浴室入口の段差
・手すりを設置できない浴室構造

など、多くの課題が見つかりました。

当初は浴室への手すり設置も検討しましたが、住宅の構造上、十分な強度を確保できませんでした。

シャワーキャリーを利用した介助方法も検討しましたが、ご家族の介護負担や住宅環境を考慮すると、退院直後から導入することは現実的ではありませんでした。

そのため、自宅での入浴を無理に始めるのではなく、デイサービスなど外部サービスの利用も含めて生活を組み立てていく方針となりました。

「身体ができること」と「自宅で安全にできること」は必ずしも一致しません。

詳しい経過については、こちらの記事で紹介しています👇

会話も、生活を支える大切な力です

歩けるようになっても、会話が難しいことで生活に大きな影響が出ることがあります。

代表的なのが失語症です。

失語症は、

耳が聞こえなくなる病気ではありません。

知能が低下する病気でもありません。

言いたいことは頭の中にあるのに、言葉として出てこなくなる障害です。

藤田さんも重度の運動性失語があり、退院当初は、ご家族へ自分の思いを十分に伝えられませんでした。

本人は伝えたい。

家族も理解したい。

それでも伝わらない。

このもどかしさは、ご本人だけでなく、ご家族にとっても大きな負担になります。

そのためリハビリでは、言葉だけにこだわるのではなく、

・ジェスチャー
・文字
・カレンダー
・指差し

など、その人に合った方法を一緒に探していきました。

会話を取り戻すことは、人とのつながりを取り戻すことでもあります。

詳しくは、こちらの記事をご覧ください👇

家事は「できる・できない」ではなく、「どうすればできるか」を考える

退院後、多くの方が気にされるのが家事です。

洗濯、

食器洗い、

掃除、

衣類の整理、

料理。

片麻痺が残ると、

「もう家事は無理だ。」

と思ってしまう方も少なくありません。

しかし、実際には環境や方法を工夫することで、再び役割を持てることがあります。

藤田さんも、片手で安全に家事を行えるよう、生活動作の評価を行いました。

例えば、

よく使う衣類は取り出しやすい高さへ収納する。

洗濯物は広いテーブルでたたむ。

洗濯かごは物干しの近くへ置く。

食器は固定して洗う。

作業中は話しかけず集中できる環境を整える。

こうした小さな工夫を積み重ねることで、以前とは違う方法でも家事を続けられるようになります。

リハビリで大切なのは、

「元通りにできるか」

ではありません。

「今の身体で、どうすれば安全にできるか」

を一緒に考えることです。

家事を再開することは、単に作業ができるようになるだけではありません。

「自分にも家族の役に立てることがある」

という自信にもつながります。

詳しい工夫については、こちらの記事で紹介しています👇

生活を再構築するとは、病院でできることをそのまま自宅へ持ち帰ることではありません。

今の身体。

今の住まい。

今の家族。

その環境に合わせて、暮らし方そのものを少しずつ組み立て直していくことです。

そして、その生活を長く続けるためには、「できること」だけでなく、「安全に続けられること」を考える必要があります。

次は、「安全の再構築」についてご紹介します。

安全の再構築|「歩ける」のあと「安心して暮らせる」を目指さなければいけません

脳卒中のリハビリでは、「歩けるようになること」は大きな目標です。

しかし、退院後の生活では、「歩けること」と「安全に生活できること」は必ずしも一致しません。

理学療法士として多くの患者さんを担当してきた中で、私は、

「病院では一人で歩けていたのに、自宅へ戻ってから転倒して自信を無くしてしまった」

という場面を何度も経験してきました。

その背景には、筋力だけでは説明できない、脳卒中特有の後遺症が隠れていることがあります。

見た目では分かりにくい「高次脳機能障害」

高次脳機能障害とは、

  • 注意を向け続ける力
  • 記憶する力
  • 判断する力
  • 計画を立てて行動する力

などの脳の働きに、障害が生じる状態です。

外見からは分かりにくいため、

「歩けているから大丈夫そう」

と思われることも少なくありません。

しかし実際には、

・(車椅子なら)ブレーキをかけずに立ち上がる
・急に方向を変えてしまう
・片側の障害物に気付かない
・動作の途中で手順が分からなくなる

など、転倒につながる危険が生活の中に潜んでいます。

「歩けるのに危ない」と判断した理由

44歳で右被殻出血を発症した清水仁さん(仮名)は、リハビリへの意欲が非常に高く、身体機能も順調に回復していました。

歩行練習が進み、立ち上がりや移乗もできるようになりました。

しかし、私たちはすぐに単独行動を許可することはできませんでした。

理由は、高次脳機能障害の影響が大きく残っていたためです。

例えば、

車椅子のブレーキを確認しないまま立ち上がろうとする。※清水さんは当時、屋外長距離移動は車椅子を使用していました

左側にある物へ気付かない。

動作の途中で注意がそれる。

急に方向転換をする。

こうした行動は、ご本人に悪気があるわけではありません。

脳卒中によって、「安全を確認しながら行動する」という脳の働きに影響が出ていたためです。

身体だけを見ると歩けています。

しかし、生活全体を見ると、まだ一人では危険な場面が多く残っていました。

詳しい経過については、こちらの記事で紹介しています👇

転倒は筋力だけでは防げません

転倒というと、

「脚の筋力が弱いから」

と思われがちです。

もちろん筋力は大切です。

しかし脳卒中後では、それだけでは説明できない転倒も少なくありません。

例えば、

・半側空間無視(身体や周囲の片側に気付きにくくなる障害)
・注意障害
・感覚障害

これらが重なることで、

自分の身体の位置が分からない。

危険へ気付くのが遅れる。

正しいタイミングで身体を支えられない。

といった状況が生まれます。

そのためリハビリでは、

筋力を鍛えるだけではなく、

・周囲を確認する習慣
・動作手順の確認
・麻痺側へ体重を乗せる練習
・実際の生活場面での反復練習

なども大切になります。

安全のために「動かないようにする」ではありません

高次脳機能障害があると、

「危ないから歩かない」

「危ないから外へ出ない」

という選択になってしまうことがあります。

しかし、それでは生活の幅まで狭くなってしまいます。

私たちが目指しているのは、

危険だから挑戦をやめることではありません。

危険を理解し、

必要な支援や環境調整を行いながら、

安心して挑戦できる範囲を少しずつ広げていくことです。

そのために、

外泊訓練、

家屋訪問、

家族指導、

居住地域での実践練習、

などを繰り返し行い、「病院でできる」を「自宅でも安全にできる」へ変えていきます。

安全とは、行動を制限することではありません。

安心して生活を続けられる環境を整えることです。

社会参加の再構築|人生は退院したその先も続いていきます

身体が回復し、自宅での生活が少しずつ安定してくると、その先には、もう一つ大切な目標が見えてきます。

それが社会参加です。

脳卒中は人生を大きく変える出来事です。

しかし、人生そのものが終わるわけではありません。

仕事へ戻りたい。

趣味を楽しみたい。

友人と出かけたい。

旅行へ行きたい。

こうした思いは、とても自然なものです。

社会参加とは、

発症前とまったく同じ生活へ戻ることだけではありません。

今の自分に合った方法で、もう一度社会とのつながりを築いていくことです。

復職は「元通り」ではなく、「新しい働き方」を考えること

脳卒中後の復職では、

「以前と同じように働けるだろうか」

という不安を抱く方が少なくありません。

しかし実際に職場が知りたいのは「元通り働けますか」という答えとも限りません。

「今、何ができますか」

「どんな配慮があれば働けますか」

という具体的な情報です。

清水さんも、身体機能だけでなく、高次脳機能障害を踏まえて、

・できること
・配慮があればできること
・今は難しいこと

を整理し、職場と共有しました。

その結果、障害者雇用という形で仕事へ復帰することができました。

復職とは、以前の働き方を再現することではありません。

今の自分に合った働き方を一緒に考え、組み立て直していくことです。

詳しくは、こちらの記事で紹介しています👇

趣味や旅行も「生活再構築」の一部です

生活が落ち着いてくると、

「もう一度旅行へ行きたい。」

という目標を持つ方もいます。

旅行は、単なる娯楽とは言えません。

「また自分らしい人生を歩みたい」

という気持ちの表れでもあります。

清水さんも、退院後すぐに海外旅行へ行けたわけではありません。

身体機能を回復させ、

生活を整え、

仕事へ復帰し、

少しずつ自信を積み重ねた先に、海外旅行という目標がありました。

・旅行を実現するためには
・主治医への相談
・航空会社への確認
・疲労への配慮
・移動方法の検討
・必要な支援サービスの活用

など、多くの準備が必要です。

それでも、自分に合った方法を選びながら一歩踏み出すことで、人生の楽しみを取り戻すことは十分に可能です。

詳しくは、こちらの記事で紹介しています👇

まとめ|生活再構築とは、「今の自分」で人生を組み立て直すこと

脳卒中後のリハビリは、歩けるようになることがゴールではありません。

退院して家に帰れることも、そこて終わりではありません。

本当の目標は、

その人らしい人生を再構築することです。

歩く。

家に帰る。

安全に生活する。

働く。

趣味を楽しむ。

旅行へ出かける。

その一つひとつが、新しい人生を築いていく大切な一歩になります。

理学療法士として23年間、多くの患者さんの退院後の生活に関わってきました。

その中で強く感じているのは、

「以前とまったく同じ生活へ戻ること」だけが回復ではない、ということです。

今の身体機能と動作、

今の脳のはたらき、

今の生活状況、

その状態に合わせて工夫しながら、自分らしい暮らしを少しずつ築いていく。

それこそが、このサイトで伝えたい生活の再構築です。

このページでご紹介した実例は、その一歩一歩を実際に歩んできた方々の記録です。

もし今、退院後の生活に不安を感じているとしても、焦る必要はありません。

あなたにも、今の自分に合った新しい生活を築いていける可能性があります。

その一歩を踏み出すヒントとして、この脳卒中の実例記事が少しでもお役に立てば幸いです。

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息苦しくて家から出られなかった|COPDの72歳男性が活動範囲を取り戻した実例https://4-unique-steps.com/copd-activity-range/Wed, 24 Jun 2026 10:35:58 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2326

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、肺気腫や慢性気管支炎などを含む、息切れや咳が長く続く肺の病気です。 この病気になると、息苦しさから少しずつ活動範囲が狭くなってしまいがちです。 最初は「長く歩くと苦しい」「階段がつらい」「 ... ]]>

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、肺気腫や慢性気管支炎などを含む、息切れや咳が長く続く肺の病気です。

この病気になると、息苦しさから少しずつ活動範囲が狭くなってしまいがちです。

最初は「長く歩くと苦しい」「階段がつらい」「外出すると疲れる」という程度だったものが、だんだんと買い物や散歩を避けるようになり、気づけば家の中だけで過ごす時間が増えていく――というのが典型的な経過です。

今回ご紹介する新村勝彦さん(仮名・72歳)も、まさにCOPDによる息苦しさから、活動範囲が狭くなってしまったお一人でした。

COPDのリハビリにおいて大切なのは、肺の病状によって「日常生活がどれだけ影響を受けているか」を見極めることです。

トイレまで歩けること、

家の中を自由に移動できること、

そして入院中であれば自宅へ戻る見通しが立つこと。

つまり、「自分の生活範囲を取り戻していくこと」が何よりの目的となります。

その上で、今回の新村さんの実例で特筆すべきなのは、「肺が完全に治らなくても、なぜここまで動けるようになったのか」という点です。

呼吸の方法を工夫し、体の動かし方の効率を整えることで、残された肺の機能を最大限に引き出す。そこには、そんな大きな可能性が秘められているのです。

息切れのために家から出られなくなっていた

新村さんは72歳の男性です。

診断名はCOPD、いわゆる慢性閉塞性肺疾患です。

COPDとは、主に喫煙などの影響で気道や肺胞(肺の中で酸素と二酸化炭素を交換する小さな袋)が障害され、息を吐き出しにくくなる病気です。肺気腫(肺胞が壊れてしまう状態)と呼ばれる状態を含むことがあります。

新村さんは6年ほど前から、歩いている途中に胸苦しさを感じるようになっていました。

当時は、胸苦しさがありながらも約1kmは歩けていました。

しかし次第に歩くことがつらくなり、3年ほど前からはほとんど家で過ごす生活になっていました。

自宅は3階建てでした。

1階は工場。

2階が居間。

3階が寝室。

生活範囲は、主に2階と3階の行き来だけになっていました。

外へ出る機会は少なくなり、活動量も大きく低下していました。

かつては毎日のように立って仕事をしていた1階の工場にも、ほとんど降りられなくなっていました。

階段を数段降りただけで息が切れてしまい、「また途中で動けなくなるかもしれない」という不安から、次第に下へ行くこと自体を避けるようになっていたのです。

入院時はトイレへ歩いて行くことも難しかった

入院後の初期評価では、新村さんは車椅子中心の生活でした。

歩行距離は17m程度。

トイレまで歩いて行くことも難しく、日常生活の自立度は大きく低下していました。

評価では、Barthel Index(バーセルインデックス:日常生活動作の自立度を100点満点で表す指標)は40点でした。

Barthel Indexとは、食事、トイレ、入浴、移動などの日常生活動作がどのくらい自分でできるかを表す指標です。
100点に近いほど自立度が高く、40点は日常生活の多くに介助が必要な状態を示します。

新村さんの場合、食事は自立していました。

しかし、息切れにより、

整容(身だしなみを整えること)

トイレ動作

入浴

更衣(着替え)

移動

移乗(ベッドや椅子への乗り移り)

階段

などに介助が必要でした。

特に大きかったのは、トイレまで自分で歩いて行けないことでした。

病気の説明としては「COPD」ですが、生活の問題として見ると、

「息苦しくて動けない」

「疲れてしまって移動できない」

「家の中での生活が成り立ちにくい」

という状態だったのです。

なぜ少し動くだけで疲れてしまったのか

新村さんが動けなくなっていた理由は、単に「体力が落ちたから」だけではありませんでした。

評価では、いくつかの問題が重なっていました。

まず、胸郭(胸の骨や肋骨で囲まれた部分)の動きが硬くなっていました。

胸郭とは、肋骨や胸のまわりの骨格のことです。ここが動きにくくなると、肺を広げる動きも小さくなりやすくなります。

また、呼吸補助筋(呼吸を助ける首や肩の筋肉)の過活動もみられました。

呼吸補助筋とは、首や肩まわりの筋肉で、息を吸うときに補助的に働く筋肉です。苦しいときに肩で息をするような呼吸になることがありますが、そのときに強く働きやすい筋肉です。

新村さんは、横隔膜(呼吸の主な筋肉)を使った腹式呼吸が十分に使いにくく、胸や肩まわりの筋肉に頼った呼吸になっていました。その結果、呼吸そのものに余分なエネルギーを使いやすくなっていたと考えられます。

さらに、長く活動量が減っていたことで、全身の筋力やバランスも低下していました。

動くと苦しい。

苦しいから動かない。

動かないから筋力や体力が落ちる。

さらに少し動くだけで疲れる。

この悪循環が、生活範囲を狭くしていたと考えられました。

また、この状態は医学的には「廃用症候群(活動量低下によって体の機能が落ちる状態)」と呼ばれ、活動量低下による全身機能の低下が呼吸困難をさらに悪化させることが知られています。

つまり、新村さんは肺の問題だけでなく、二次的に生じていた身体全体の使い方の問題が重なっていたのです。

リハビリで取り組んだのは、ただ歩くことだけではなかった

COPDのリハビリというと、歩行練習や体力づくりを思い浮かべる方も多いと思います。

もちろん実際に歩く練習も大切です。

しかし新村さんの場合、ただ長く歩くことだけを目標にしていたわけではありません。

呼吸を整える練習

まず行ったのは、呼吸を少しでも楽にするための練習です。

まず、腹式呼吸や口すぼめ呼吸を練習しました。
腹式呼吸は、お腹の動きを使って呼吸する方法です。

口すぼめ呼吸は、口をすぼめてゆっくり息を吐く方法です。COPDの方にとっては、呼気時の気道虚脱(息を吐くときに気道がつぶれてしまうこと)を防ぎ、呼吸効率を高める効果があるとされています。

新村さんも、腹式呼吸や口すぼめ呼吸を行うと、吸うときの苦しさが軽くなる様子がみられました。

また、胸郭の動きを出すために、胸まわりのリラクセーションやストレッチングも行いました。

これらの訓練により、肩や首の力みを減らし、呼吸補助筋に頼りすぎない呼吸を目指しました。

立つ・移る・トイレへ行く練習

リハビリでは、歩行距離を伸ばすことだけでなく、生活に必要な動作を重視しました。

立ち上がる。

ベッドから車椅子へ移る。

車椅子から立つ。

トイレまで移動する。

こうした動作は、家で生活するために必要です。

新村さんの場合、最初の短期目標は「トイレまで歩いて移動すること」でした。

トイレへ自分で行けるかどうかは、在宅生活の自立度に大きく関わります。

トイレへの移動練習では、途中で息が切れてしまうことが多くありました。そのため、あえて途中に椅子を置き、「苦しくなる前に一度座って休む」という方法を取り入れました。

最初は「一気に歩きたい」と話していた新村さんも、休みながら進むことで結果的に楽に移動できることを実感し、少しずつ動くことへの不安が和らいでいきました。

バランスと筋力を整える練習

新村さんは、立位バランスにも低下がみられていました。
立っている姿勢が不安定で、重心移動も小さくなっていたのです。

そこで、スクワット、立位での足踏み、上肢を動かしながら立位を保つ練習などを行い、改善を目指しました。

目的は、筋力をつけることだけではありません。

立った状態で身体を支える。

重心を移動する。

ふらついたときに立て直す。

こうした能力を高めることで、家の中での移動を安全に行えるようにしていきました。

少しずつ活動範囲が広がっていった

リハビリを続ける中で、新村さんの生活動作には変化がみられました。

退院時評価では、歩行距離は60mまで伸びました。

在宅酸素を1L使用しながらではありますが、杖などを使わずに、60m歩くことができました。

歩行後のSpO2(血液中の酸素の割合)は98%で保たれていました。

SpO2とは、血液中にどのくらい酸素が取り込まれているかを示す値です。一般的に95%以上の維持が正常とされます。数値だけで安全性を判断するものではありませんが、運動中の状態を確認する目安になります。

また、Barthel Indexは40点から75点へ改善しました。

そして、実際に影響が大きかったのは、生活の変化です。

トイレへ歩いて行けるようになった。

更衣が自立した。

移乗が改善した。

歩行で移動できる範囲が広がった。

これらは、新村さんの生活にとって大きな変化でした。

特に、トイレ歩行が自立したことは重要でした。トイレに行くたびに誰かの介助が必要な状態と、自分で歩いて行ける状態では、生活の自由度が大きく変わります。

退院後に訪問リハビリを継続し、さらに回復した

新村さんの変化は退院後も続いていきました。

訪問リハビリを継続する中で、まず室内移動が安定し、やがて自宅周囲の短距離の歩行が可能となりました。

そして退院後1年では、6分間歩行距離(6分間でどれだけ歩けるかを測る検査)は270mまで改善しました。呼吸を意識してゆっくり歩けば、近隣への外出が可能となったのです。また、携帯用酸素を使用すれば、長時間の外出も可能となりました。

回復は「肺が治った」わけではない

このような改善を見ると、「肺が良くなったのでは」と感じるかもしれません。

しかし、COPDによる肺胞破壊や肺気腫性変化は基本的に不可逆的であり、肺そのものが元通りになるわけではありません。

では、なぜ新村さんはここまで動けるようになったのでしょうか。

それは、

・呼吸効率の改善
・筋力と持久力の向上
・活動量の増加

といった要素が組み合わさり、「少ないエネルギーで動ける身体」に変化したためです。

つまり、肺の機能が増えたのではなく、「身体の使い方が変わった」ことが大きな要因でした。

COPDのリハビリは生活を取り戻すためにある

COPDのリハビリで重要なことは、実際の生活でどのように活動できるようになるかという視点です。

トイレへ行けるか。

家の中を移動できるか。

階段を使えるか。

疲れたときに休みながら行動できるか。

行動制限を少なくして生活を続けられるか。

という点です。

新村さんのように、入院前、長い期間活動量が低下していると、病気そのものに加えて、筋力低下やバランス低下、易疲労性(疲れやすさ)がより重くなります。

この状態では、ただ「頑張って歩きましょう」と言うだけでは改善は得られにくいです。

どの動作で疲れるのか。

どのくらいで休む必要があるのか。

呼吸を整えるとどう変わるのか。

家の中ではどこまで移動できれば生活できるのか。

そうしたことを一つずつ確認していく必要があります。

まとめ

COPDによる息切れがあると、外出や移動が少しずつ難しくなることがあります。

新村さんも、6年前から歩行中の胸苦しさを感じ、3年前からはほとんど家で過ごす生活となっていました。

しかし、呼吸の使い方や身体機能に着目したリハビリを行うことで、トイレ歩行の自立や生活範囲の拡大につながりました。

COPDは肺そのものを元に戻すことが難しい病気ですが、身体の使い方や活動量を見直すことで、生活の質を高めることは可能です。

「どこまで歩けるか」だけでなく、「どのように生活できるか」という視点でリハビリを考えることが重要です。

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脳卒中後でも海外旅行はできる?|高次脳機能障害と向き合った44歳男性の実例https://4-unique-steps.com/stroke-overseas-travel/Tue, 23 Jun 2026 10:26:13 +0000https://4-unique-steps.com/?p=2313

脳卒中により後遺症が残ってしまうと、旅行をあきらめてしまう方は少なくありません。 歩くことに不安がある。転倒が怖い。疲れやすい。高次脳機能障害があり、知らない場所へ行くことが不安。 そう考えると、国内旅行でさえハードルが ... ]]>

脳卒中により後遺症が残ってしまうと、旅行をあきらめてしまう方は少なくありません。

歩くことに不安がある。
転倒が怖い。
疲れやすい。
高次脳機能障害があり、知らない場所へ行くことが不安。

そう考えると、国内旅行でさえハードルが高く感じられます。

まして海外旅行となると、「もう自分には無理かもしれない」と思ってしまうのも無理はありません。

今回ご紹介する清水仁さん(仮名・発症当時44歳)も、脳卒中直後は海外旅行など考えられる状態ではありませんでした。
脳出血によって左半身に麻痺が残り、感覚障害、半側空間無視、注意障害もみられていたからです。

それでも清水さんは、生活を立て直し、仕事へ戻り、その先で海外旅行を実現しました。

この記事では、脳卒中後の海外旅行を単なる旅行ノウハウとしてではなく、仕事の再構築を経て、さらに自分の人生を広げていく過程として紹介します。

脳出血発症直後は、海外旅行どころではなかった

清水さんは44歳の男性です。脳出血(右被殻)を発症し、左半身に麻痺が残りました。

発症後は左片麻痺、重度感覚障害、半側空間無視、注意障害がみられました。

半側空間無視とは、身体や周囲の片側に気づきにくくなる症状です。清水さんの場合は左側への注意が向きにくい状態がありました。また、感覚障害により手足の位置や体重のかかり具合を感じ取りにくい状態でもありました。

しばらく車椅子中心の生活で、立ち上がりや移乗にも介助が必要でした。
転倒の危険性も高く、趣味であった海外旅行のことなんて、この時期に考えることはありませんでした。

まず必要だったのは、日常生活を安全に送れるようになることでした。

まずは生活を取り戻すことが目標だった

急性期・回復期のリハビリでは、まずは麻痺の回復を図り、日常生活動作の再獲得に向けて進められました。

清水さんの場合、身体を動かせるようになるだけでは安全性を判断できませんでした。左側への注意が向きにくいことや、感覚障害による不安定さがあったためです。

リハビリでは、麻痺側への荷重練習、安全確認の練習、動作手順の確認、外泊訓練などを積み重ねました。
外泊訓練では、家の中での移動、段差、疲労、家族との動き方など、病院では見えなかった課題を一つずつ確認していきました。

この段階での目標は旅行ではありません。まずは日常生活を取り戻すことでした。

仕事復帰を経て、行動範囲が広がっていった

清水さんは、身の回りのことが少しの手伝いで出来るようになり、独りで歩けるようになって退院しました。

そして、継続して生活再建を進めながら、障害者雇用という形で仕事復帰を実現しました。

脳卒中後の復職では、元通り働けるかどうかではなく、今の自分にできることを整理し、職場と共有し、働き方を再構築することが重要になります。

仕事へ戻ることで、社会との接点を取り戻し、役割を持ち、自分にできることを確認していく作業が積み重なりました。

こうした過程が清水さんの自信となり、生活の視野を広げ、その延長線上に海外旅行という新たな挑戦が見えてきました。

海外旅行という趣味を取り戻す挑戦

海外旅行では、国内とは異なる気候、長時間の移動、空港での手続き、言語や文化など、多くの情報に対応する必要があります。

こうした環境は、高次脳機能障害がある方や疲れやすさが残っている方にとって、混乱や疲労が強く出やすい場面になることがあります。

清水さんが海外旅行を再開できた背景には、復職の過程で培った自己理解がありました。
無理に発症前と同じように行動するのではなく、現在の自分の特性に合わせて準備を行いました。
移動ルートや手続きは事前に整理し、疲労が出るタイミングを予測して休憩時間を確保するなど、具体的な対策を立てていました。

海外旅行はいくら慣れていても、無理をせず、安全に実行できる条件を整えたうえで行うべきです。

旅行前に確認しておきたい交通手段

脳卒中後の旅行では、まずは、安全に移動できるかを考えることが重要です。

車いすを利用する場合

空港まで電車で移動する場合、駅構内での案内や乗降時のサポートは、JR各社や駅、時間帯によって対応が異なるため、事前に確認しておく必要があります。

また、新幹線を利用する場合、車いす対応座席やスペースを利用できる列車があります。ウェブ予約も可能ですが、座席数には限りがあります。

飛行機を利用する場合は、多くの航空会社では空港内の移動支援や搭乗サポートなどが提供されています。
ただし、支援内容や対応範囲は航空会社や空港によって異なり、必ずしもすべての場面で十分な支援が受けられるとは限りません。そのため、予約時または出発前に航空会社へ具体的な支援内容を確認しておくことが重要です。

主治医の許可

また、脳卒中後に飛行機を利用する場合は、必ず主治医へ相談する必要があります。

特に、発症から日が浅い場合、症状が安定していない場合、血圧管理が不十分な場合、けいれん発作がある場合、長時間の座位が困難な場合、脳手術後で頭蓋内に空気が残っている可能性がある場合などは、飛行機での移動が適さないことがあります。

旅行を検討する際は、行けるかどうかだけでなく、いつなら安全か、どの交通手段が適しているかを主治医と確認することが大切です。

周囲の支援やサービスを活用する

旅行では、すべてを自分一人で行おうとせず、周囲の支援やサービスを活用することが安全性を高めます。

視覚的なチェックリストを用意し、行動を一つずつ確認することで見落としを防ぐことができます。

病前は外国語に困っていなかったとしても、脳卒中後に言語の理解や言葉の出やすさに不安が生じた場合は、ヘルプカードや翻訳アプリを準備しておくと安心です。
オフラインでも使用できる設定にしておくことも重要です。

また、日本語対応が可能な航空会社や旅行会社を選ぶことで、トラブル時の対応がしやすくなります。

海外旅行を再開できて見えてきたこと

海外へ行けたこと自体も大きな出来事でしたが、この清水さんの例で重要なのは結果だけではありません。

清水さんは、発症直後は車椅子中心で転倒リスクも高く、高次脳機能障害も目立っていました。
そこから生活を整え、外泊訓練を重ね、仕事へ戻り、社会とのつながりを取り戻し、旅行へ挑戦するという過程を経て、できることを積み重ねる段階へ進んでいきました。

すべてが発症前と同じになったわけではありませんが、生活の範囲は確実に広がりました。

その後清水さんは、患者会への参加や講演活動など、社会参加の幅がさらに広がっていきました。
発症直後は支援を受ける立場でしたが、時間をかけて経験を他者へ伝える側へと変化していったのです。

海外旅行は単なる移動ではなく、社会とのつながりを取り戻し、人生を広げるきっかけとなる出来事でした。

脳卒中後の旅行で大切なこと

脳卒中後の旅行は、誰にでも同じようにできるものではありません。

体調や障害の状態、支援体制によって判断は異なります。

まずは主治医やリハビリ職へ相談し、安全性を確認することが重要です。

同行者がいる場合は、支援が必要な場面や休憩の取り方、体調不良時の対応を事前に共有しておくことが望まれます。

海外旅行では情報量が多く、疲労や混乱が生じやすいため、無理のない計画を立てることが必要です。

まとめ

脳卒中後の回復は、長い道のりです。

リハビリを集中的に受けて、退院するときには、多くの患者さんは歩行や身の回りのこと、家庭の役割の回復くらいまでが目標となりますが、

その後、仕事、人との交流、趣味など、その人らしい生活を時間をかけて再構築していく視点も重要です。

清水さんは重い後遺症を経験しながらも、生活を設計し、仕事へ戻り、その延長として海外旅行を実現しました。

旅行は誰にでも同じようにできるものではありませんが、適切な準備と判断によって可能性が広がることがあります。

無理をせず、安全性を最優先にしながら、自分に合った形で生活の幅を広げていくことが大切です。

海外旅行や長距離移動を考えている方へ|主な相談先一覧

脳卒中後に旅行を考える際は、一人で悩まず、主治医や担当のリハビリ職へ相談することが大切です。

また、移動手段や障害の内容によっては、航空会社や鉄道会社のサポートを利用できる場合があります。事前に情報を集めておくことで、当日の不安や負担を減らすことにつながります。

飛行機利用時の相談先

ANA 特別なお手伝いが必要なお客様

JAL 特別なお手伝いが必要なお客さま

Peach 特別なお手伝いが必要なお客さま

Jetstar Japan サポート案内

Spring Japan サポート案内

航空会社によっては、搭乗前の優先案内や機内でのサポート、車いすの預かりなどが受けられる場合があります。必要な支援内容を具体的に伝えることが重要です。

新幹線利用時の相談先

JR東日本 車いす利用案内

JR西日本 バリアフリー案内

スマートEX 車いす席予約案内

駅構内の移動や乗降時のサポートについても、事前に相談しておくことでスムーズに利用できます。

空港のバリアフリー案内

成田空港 バリアフリー情報

羽田空港 バリアフリー案内

空港内は広く移動距離も長いため、サポートサービスや設備の場所を事前に確認しておくと安心です。

高次脳機能障害に関する相談先

国立障害者リハビリテーションセンター
高次脳機能障害情報・支援普及事業

高次脳機能障害がある場合、旅行中の注意点や利用できる支援について相談できることがあります。地域の支援拠点や相談窓口を紹介してもらえることもあります。

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