首の手術をしたのにボタンが留められない|左手が使いにくかった62歳女性が「一人の生活」を取り戻すまで

    首の手術を受ければ、手足のしびれは消え、また元通りの生活が送れるようになる――。

    そう考えて手術に臨む方は少なくありません。
    しかし現実には、術後もしびれが残り、

    • ボタンが留められない
    • 箸でおかずを落としてしまう
    • お茶碗が持てない

    といった状態が続くことがあります。

    日常生活に直結する手の使いにくさは、患者さんにとって非常に大きな問題です。

    今回ご紹介する鮫島久美子さん(仮名・62歳)も、手術後の手の使いにくさに直面したお一人でした。

    これは「しびれが完全になくなった話」ではありません。
    手術後に症状が残るなかでも、医学的な治療とリハビリテーションを通して、生活機能を高めていった実例です。

    首の手術を受けても、左手の使いにくさは残っていた

    鮫島さんは、首の神経が圧迫される「頚髄症(けいずいしょう)」を発症していました。

    手足のしびれが徐々に悪化し、階段が怖くなり、歩行中に転倒することも出てきたため、椎弓形成術(ついきゅうけいせいじゅつ:首の骨の一部を広げて脊髄や神経の圧迫を取り除く手術)を受けることになりました。

    手術前、主治医からは次のような説明がありました。

    • 手術の目的は症状の進行を止めること
    • 神経が回復しやすい環境を作ること
    • 術後もしびれが残ることがある

    実際、手術によって下肢の症状の進行は落ち着きました。

    しかし、術前から続いていた左手のしびれや使いにくさは残りました。

    日常のあらゆる場面で直面した「できないこと」

    ボタンが留められない

    鮫島さんが特に困っていたのは着替えでした。

    ボタンをつまむことはできます。
    しかし、ボタンを穴に通そうとすると指先が思うように動きません。

    以前なら当たり前にできていた動作に何倍もの時間がかかるようになり、更衣そのものが負担になっていました。

    箸でおかずをこぼしてしまう

    食事にも影響が出ていました。

    右手で箸は使えるものの、細かな調整が難しく、おかずをうまくつかめません。
    思うように食べられない状態は、毎日の食事の楽しみを奪ってしまいます。

    お茶碗が持てない

    左手でお茶碗を持ち上げることも難しくなっていました。

    お茶碗をテーブルの上に置いたまま食事をするしかなく、本人にとっては大きな変化でした。
    周囲から見れば小さなことに見えるかもしれません。

    しかし本人にとっては、「普通に食事ができなくなった」という深刻な問題だったのです。

    手のしびれ以外にも起きていたこと

    鮫島さんを苦しめていたのは、しびれだけではありませんでした。

    左手首の熱感と腫れ

    術後しばらくして、

    「左手がほてる」

    という訴えがありました。

    評価すると、左手首には熱感と腫れがみられました。
    痛みも強く、一時は座薬を使用しなければならないほどでした。

    その後の診察では手関節炎と判断され、薬物療法も併用されています。
    原因は、術後に手の使い方や負担のかかり方が変化したことに加え、関節内で炎症が生じたためと考えられました。

    左肩が上がらない

    さらに筋力低下の影響により、左肩には亜脱臼がみられました。
    肩を十分に上げることができず、日常生活にも影響していました。

    肩関節可動域は、

    • 自動屈曲60°  (自分の力で腕を前に上げられる角度。正常は約180°)
    • 他動屈曲90°  (他者が補助して腕を上げる角度。正常は約180°)

    と大きく制限されていました。

    首や肩の凝り

    姿勢にも問題がありました。

    • 顎前方突出
    • 胸椎後弯
    • 頭部右側位
    • 左肩甲骨前傾

    といった特徴がみられ、

    僧帽筋
    小胸筋
    斜角筋
    上腕二頭筋

    などの筋緊張が高くなっていました。

    その結果、首から肩にかけて強い凝りが生じていました。

    リハビリで見ていたポイント

     鮫島さんの場合、「手が使いにくい」という問題を、手だけの問題として捉えていませんでした。

    評価していたのは、

    • 手指の動き
    • 手関節の炎症
    • 肩関節の可動域
    • 肩甲骨の動き
    • 首や肩の筋緊張
    • 食事や更衣などの生活動作

    です。

    まずは炎症の強かった手関節に対してアイシングを実施し、痛みを悪化させない範囲で手指や手関節の運動を行いました。

    また、肩甲骨の可動域訓練や肩関節の自動介助運動(できるだけ自分の力で動かし、不足する部分だけを補助する運動)を行い、上肢全体の動きを改善していきました。

    徒手療法では、

    • 僧帽筋
    • 小胸筋
    • 斜角筋
    • 菱形筋

    などの筋緊張に対して介入しました。

    さらに、自宅では

    • お風呂での手指運動
    • 両手組み挙上運動
    • テーブル拭き動作

    などを継続してもらいました。

    単なる筋力トレーニングではなく、「生活の中で使える動き」を増やすことを目標にしていました。

    術後3か月で確認された医学的・生活機能の変化

    リハビリを継続した結果、術後3か月の時点では、しびれや巧緻動作障害が残りながらも、痛みや生活機能には改善がみられていました。

    評価項目術前〜術後初期術後3か月頃変化
    首や肩の痛み(VAS)58mm25mm軽減
    腕や手の痛み・しびれ(VAS)72mm6mm大きく軽減
    胸から足先の痛み・しびれ(VAS)66mm9mm大きく軽減
    頚椎機能(JOACMEQ)55点95点改善
    QOL(JOACMEQ)35.4点47.2点改善
    ボタン動作留められない時間はかかるが可能改善
    食事動作茶碗が持てない茶碗を支えられる改善
    入浴動作介助が必要な場面あり一人で入浴可能改善
    歩行軽介助T字杖歩行自立改善

    ※VAS(Visual Analogue Scale):
    0〜100mmで痛みやしびれの強さを表す指標です。数字が低いほど症状が軽いことを示します。

    ※JOACMEQ(Japanese Orthopaedic Association Cervical Myelopathy Evaluation Questionnaire):
    頚髄症患者のための評価尺度です。頚椎機能、上肢機能、下肢機能、生活の質(QOL)などを評価し、100点に近いほど状態が良好とされます。

    術後3か月の時点でも、左手のしびれや細かな作業のしにくさ(巧緻動作障害)は残っていました。

    実際、ボタンは留められるようになったものの時間がかかり、お茶碗を持ち上げることは難しく、手を添えて支えるのが精一杯でした。

    一方で、医学的な評価では痛みやしびれの軽減が確認されており、生活の中でも確かな変化がみられていました。
    特に印象的だったのは入浴動作です。

    術後しばらくは手のしびれや肩の問題もあり、一人での入浴が難しい状態でした。しかし経過とともに肩関節の動きが改善し、手首の炎症も落ち着いてきたことで、一人でお風呂に入れるようになりました。

    また、歩行面では術前にみられていた転倒への不安が軽減し、T字杖を使用した歩行が自立レベルまで向上しています。

    これらの変化は、単に時間が経過しただけでは説明できません。

    手術によって神経が回復しやすい環境が整えられたことに加え、炎症のコントロール、肩関節や肩甲骨の機能改善、姿勢への介入、そして日常生活動作を意識した反復練習を積み重ねた結果であると考えています。

    しびれが完全になくなったわけではありません。それでも、

    • ボタンを留められるようになった
    • 一人で入浴できるようになった
    • 茶碗を支えられるようになった
    • T字杖で安全に歩けるようになった

    という変化は、鮫島さんにとって大きな意味を持っていました。

    頚髄症術後の回復は、「しびれがゼロになったかどうか」だけで評価できるものではありません。
    生活の中で何ができるようになったのかという視点も、同じくらい大切だと感じています。

    まとめ

    首の手術をしたのに、手が思うように動かない。ボタンが留められない。

    そうした状況に直面すると、「手術は失敗だったのではないか」「もう良くならないのではないか」と不安になるのは自然なことだと思います。

    しかし、鮫島さんの経過が示すように、頚髄症術後の回復は「しびれが完全になくなるかどうか」だけで判断できるものではありません。

    症状が一部に残っていたとしても、

    • 手首の炎症を落ち着かせる
    • 肩や肩甲骨の機能を整える
    • 首や肩の過剰な緊張を軽減する
    • 残された機能を活用して生活動作を再獲得する

    といった視点でアプローチしていくことで、生活の中でできることが増えていく場合があります。

    鮫島さんも、手のしびれが完全に消えたわけではありません。それでも、

    • ボタンを留める
    • 食事をする
    • 一人でお風呂に入る
    • 安全に歩く

    といった日常生活の動作は改善していきました。

    もし現在、術後のしびれや手の使いにくさが続いていて不安を感じているのであれば、主治医や担当のリハビリ職に相談してみてください。

    「しびれが残っている」ことだけでなく、「何ができなくて困っているのか」を具体的に伝えることで、新たな改善の糸口が見つかることもあります。

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    専門職向け補足

    症例概要

    62歳女性。

    頚髄症に対して椎弓形成術を施行。

    術前より左上肢のしびれと巧緻動作障害を認めていた。

    主な問題点

    • 左手関節炎(熱感・腫脹・疼痛)
    • 左肩亜脱臼
    • 肩関節拘縮
    • 顎前方突出
    • 胸椎後弯
    • 左肩甲骨前傾
    • 頚肩部筋緊張亢進

    実施した主な介入

    • アイシング
    • 手指・手関節ROM練習
    • 肩甲骨可動域訓練
    • 肩関節自動介助運動
    • 徒手療法(僧帽筋・小胸筋・斜角筋・菱形筋)
    • 両手組み挙上運動
    • テーブル拭き動作
    • 入浴時の自主練習指導

    経過

    下肢症状の進行は抑制され、T字杖歩行は自立レベルまで改善した。

    巧緻動作障害は残存したものの、

    • ボタン動作
    • 食事動作
    • 入浴動作

    には改善がみられた。

    また、VASやJOACMEQなどの評価指標でも改善傾向が確認されており、神経症状が残るなかでも生活機能の向上がみられた症例であった。