脳梗塞で入院したあと、
「歩けるようになりましたね」
「退院できますね」
と言われても、本人の感覚としては納得できないことがあります。
今回ご紹介する宮野木きみこさん(仮名・58歳)は、脳幹梗塞(脳の中心部にある重要な部分の脳梗塞)を発症し、入院治療とリハビリを受けました。
退院時には杖などを使わず一人で歩ける(独歩)ようになり、日常生活も自立していました。
それでも本人は、
「左脚が義足みたいな感じがする」
と訴えていました。
周囲から見ると歩けています。しかしご本人の中には、
・左脚が重い
・自分の思い通りに動かしにくい
・時々つまずく
・疲れると歩き方が崩れる
という悩みが残っていました。
じつは宮野木さんは現役の看護師で、管理職を務めていた医療職でもあります(現在は休職中)。
この記事では、実際の症例サマリー(リハビリで行った評価結果)をもとに、脳梗塞後に残った歩行時の違和感についてお話しします。
脳幹梗塞の発症から退院までの経過は良好だった
宮野木さんは58歳の女性です。
発症は突然でした。
ある日、仕事を終えた後に、ふらつきと気分不良が出現し、翌日に病院を受診しました。
検査の結果、脳幹梗塞と診断され入院となりました。
発症から約1週間後には病棟内を一人で移動できるようになりましたが、当時はまだ左へのふらつきが目立ち、手すりを伝って歩いている状態でした。
その後もリハビリを継続し、発症から約4週間(28日間)で退院となりました。
退院時には独歩が可能となり、日常生活動作も自立していました。
当時の評価ではFIM満点でした。
FIM(Functional Independence Measure)とは、食事や着替え、トイレ、移動などの日常生活をどのくらい自分でできるかを評価する指標です。満点(126点)は、基本的な生活動作に介助や道具が必要ない状態を意味します。
医療者から見れば良好な回復経過でした。
しかし宮野木さん自身は、
「左脚が義足みたいな感じがする」
という強い違和感を訴えていました。
本人を悩ませていた歩行時の違和感
宮野木さんの主訴は痛みではありませんでした。しびれでもありません。
本人が最も困っていたのは、左脚が自分の脚ではないような感覚でした。
歩けないわけではありません。
しかし左脚だけが重く感じる。
前へ出そうとしても、どこか動きが鈍い……
そんな感覚が続いていました。
頭では動かそうとしているのに、身体が少し遅れてついてくるような感覚がありました。
今ここで動いてほしい、というタイミングと実際の動きにズレがあるため、
自分の脚ではないような感覚になっていました。
宮野木さんはそれを、「義足みたい」と表現していました。
普段は歩けています。
しかし疲れてきたり歩く距離が長くなると、足先を床に引っかけることがありました。
転倒するほどではありません。
それでも、「また引っかかるかもしれない」という不安は残っていました。
活動量が増えると、
左脚がさらに重く感じる
↓
歩幅が小さくなる
↓
歩き方がぎこちなくなる
という変化がみられていました。
周囲には伝わりにくい症状だった
外から見ると歩けています。
杖も必要ありません。
そのため、「もう良くなったんじゃない?」と言われることもあります。
しかし本人の中には、はっきりとした歩きにくさが残っていました。
歩けるのに歩きにくかった4つの理由
宮野木さんの左脚には、脳幹梗塞の影響による軽度な筋力低下が残っていました。
筋力検査(MMT)では、
- 体幹 4(左<右)
- 股関節屈曲 4(左<右)
- 股関節内旋 4(左<右)
- 股関節外旋 4(左<右)
- 膝関節屈曲 4(左<右)
という結果でした。
※MMT(徒手筋力検査): 筋力を0〜5で評価する方法。5が正常で、4は日常生活は可能でも筋力低下がみられる状態を示します。
重度ではありませんが、左脚には確かに機能低下が残っていました。
振り返ると、発症後から順調に回復し、独歩で退院できており、FIMも満点でした。
つまり、筋力低下があるから歩けないのではなく、歩けるけれど歩きにくい、という状態だったのです。
続けて詳しく評価すると、左脚には動きのタイミングを合わせる機能の低下がみられました。
これは、複数の筋肉が協調して関節を安定させたり素早く運動方向を切り替える能力のことです。
たとえば歩行では、股関節や膝関節、足関節の動きが絶えず切り替わり、そのたびに複数の筋肉が適切な順番と強さで働いています。こうした協調性が低下すると、筋力は保たれていても動きがぎこちなくなり、「思ったように動かない」という感覚につながります。
Foot Pad(足底で出来るだけ速く床を叩く検査)では、
右 4.8秒、左 5.1秒、
踵膝試験(かかとを反対側の膝に当てながら足首まで動かすことを繰り返す検査)では、
右 5.1秒、左 6.2秒
という、左脚の協調性にやや低下を認める結果でした。
※Foot Pat・踵膝試験:脳卒中後に、脚を思い通りに動かせるかを確認するためによく行われます。
左右の協調性に大きな差は無いように見えるかもしれません。
しかし歩行は何千回も繰り返される動作です。
わずかなタイミングのズレが、「脚が重い」「思ったように動かない」という感覚につながることがあります。
右脚では20秒の片足立ちが可能でした。
一方、左脚では約5秒。
左脚で立つと、
・両腕が広がる
・身体が大きく揺れる
・骨盤が安定しない
という特徴がみられました。
歩行中は片脚立ちの連続です。
そのため、この差は歩き方にも影響してると考えられました。
歩行を詳しく観察すると、
左脚で体重を支える時間が短い
↓
十分に身体を支えられない
↓
急いで左脚→右脚へと体重を移す
↓
次の一歩も不安定になる
という流れがみられました。
左股関節周囲の筋肉がうまく一緒に働かず、左脚で身体を支える能力が低下していることが少なからず影響していると考えられます。
その結果、「左脚が重い」「疲れると歩き方が崩れる」「時々つまずく」という症状につながっていたと推測されました。
リハビリで焦点を当てたポイント
宮野木さんのリハビリでは、筋力をつけることだけを目標にしていませんでした。
重要だったのは、
「左脚でしっかり身体を支えられること」
でした。
体重移動と片脚支持
まずは両脚で立った状態から左脚へ体重を少しずつ移動させたり、左重心の姿勢を保ったりする練習を継続しました。
左脚で支えることを避け続けると、歩き方は改善しにくくなるからです。
膝立ち動作やしこ踏み動作では、股関節周囲の安定性や片脚で協調的に身体を支える力を確認しました。
宮野木さんは当初、左脚そのもので身体を支えきれず、骨盤を引いたり、体幹を反らせたりする代償運動が目立ちました。
歩行や方向転換などの場面で、足の位置が素早く変わっても姿勢を安定して保てるような練習を行いました。
方針としては、
左脚で体重を支える
↓
その状態を保つ
↓
身体の向きが変わっても崩れない
といった課題を取り入れていきました。
まとめ : FIM満点でも違和感を我慢する必要はない
この実例で特徴的だったのは、たとえFIM満点でもご本人の困りごとは消えなかった、という点です。
客観的に見ると、早い段階で歩けていたし、転ばないし、日常生活が自立していた。
しかしご本人は、
・左脚が重い
・歩きにくい
・つまずく
・疲れる
という問題を抱えていました。
ただ「歩ける」だけにとどまらず、
苦痛なく実用的に歩けるようになるために、
あるいは、不安なく生活できるために、
できるかできないかだけの基準にとどまらず、動作の質を見直す視点が必要です。
まとめ
脳梗塞後、
- 歩けるようになった
- 退院できた
- 日常生活が自立した
という状態になっても、違和感が残ることがあります。
宮野木さんの場合、「左脚が義足みたい」という感覚が大きな悩みでした。
その背景には、
- 軽度な筋力低下
- 左脚の動きのタイミングを合わせる力の低下
- 左股関節周囲の支える力の低下
- 歩行中のバランスの問題
が隠れていました。
脳梗塞後の回復は、「歩けるか歩けないか」だけでは判断できません。
もし現在、
- 足が重い
- 歩きにくい
- つまずく
- 疲れると歩き方が崩れる
と感じているのであれば、その感覚を主治医やリハビリ担当者にその都度伝えてみてください。
ご本人が感じる違和感は、リハビリの重要な手がかりになることがあります。
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