首の手術を受ければ、首の動きも元にもどる。
そう期待してても、実際には、
・天井が見づらい
・後ろを振り向けない
・コップの飲み物を最後まで飲み干せない
といった困りごとが残ることがあります。
今回ご紹介する賀川太朗さん(仮名・69歳)も、そのような状態を経験されたお一人です。
賀川さんは頚髄症に対して首の手術(頚椎椎弓形成術)を受けました。
歩行障害の進行は落ち着いたものの、術後しばらくして別の悩みが目立つようになりました。
👇賀川さんの歩行障害に関して
それが、
「首が思うように動かない」
という問題でした。
首の手術を受けても天井が見づらかった
賀川さんは、術後1か月頃になると、自宅から一人で通院できるまで回復していました。
しかし診察やリハビリの場面では、こんな言葉が聞かれるようになりました。
- 天井が見づらい
- コップの飲み物を飲み干しにくい
- 後ろの人の顔が見づらい
歩くことだけでなく、首の動きそのものにも不自由さを感じていたのです。
首の痛みが強くて動かせないというより、「動かそうとしても十分に動かない」という感覚に近いものでした。
生活の中で困っていたこと
天井を見るためには、首を後ろへ反らす動きが必要になります。
この動きが制限されると、高い場所へ視線を向けることが難しくなります。
例えば、
- 駅の案内表示を見る
- 電車内の路線図を見る
- 高い棚の物を探す
- 建物や景色を見上げる
といった場面です。
旅行が目標だった賀川さんにとって、景色を見上げにくいことは、思った以上に大きなストレスでした。
首を左右へ回す動きも制限されていました。
後ろを振り向けないと、
- 人に呼ばれても振り向きにくい
- 路上で安全確認しにくい
- 夜中に寝返りがうちにくい
といった不便が生じます。
首の動きは日常のさまざまな場面で使われています。そのため、わずかな制限でも生活への影響は小さくありません。
賀川さんは、
「コップの飲み物を最後まで飲みにくい」
とも話していました。
コップの中身が少なくなると、口元へコップを傾けるだけでは足りず、頭を後ろへ倒す動きが必要になります。
ところが頭を十分に後ろへ倒せないため、最後の一口が飲みにくくなっていたのです。
一見すると小さな困りごとに見えるかもしれません。
しかし本人にとっては毎日の食事や水分摂取で繰り返し経験する不自由さでした。
首だけの問題ではなかった
首が動きにくいと聞くと、
「首そのものが硬い」
と考えがちです。
しかし評価を進めると、それだけではありませんでした。
術後1か月時点の頚部(首)の可動域(関節が動く範囲)は、
- 屈曲20°
- 伸展20°
- 側屈(右/左)20°/25°
- 回旋(右/左)35°/30°
でした。
※屈曲は下を向く動き、伸展は上を向く動き、回旋は左右へ振り向く動きです。
一般的な参考値では、
- 屈曲:約45°
- 伸展:約45°
- 回旋:約60〜80°
程度とされます。
賀川さんは特に、
上を向く動きと振り向く動きが制限されていました。
さらに姿勢を確認すると、
- 頭が前へ出ている
- 背中が丸くなっている
- 身体が右へ傾いている
- 右肩が下がっている
といった特徴がみられていました。
首は単独で動いているわけではありません。胸郭(肋骨まわり)や肩甲骨、背骨全体の動きも関係しています。
そのため、首だけに注目して動かす練習をしても十分な改善が得られない場合があります。
リハビリで見ていたポイント
賀川さんのリハビリでは、首を無理に反らせる練習を中心にはしていませんでした。
まず取り組んだのは、首が動きやすくなるための土台づくりです。
具体的には、
- 胸張り運動
- 体幹回旋運動
- 広背筋ストレッチ
などを行いました。
広背筋は脇の下から背中、腰へつながる大きな筋肉です。この筋肉や胸郭の動きが硬くなると、姿勢が崩れやすくなります。
また、
- 頭が前に出る
- 背中が丸くなる
という姿勢が続くと、首を反らす動きも出しにくくなります。
首だけを見るのではなく、身体全体を評価しながら進めていたのです。
こうした運動によって胸郭や肩甲骨が動きやすくなると、首にかかる負担が軽減し、首を反らしたり振り向いたりする動作が行いやすくなります。
また姿勢が整うことで視線を上げやすくなり、日常生活での動作のしやすさにもつながっていきました。
術後3か月でみられた変化
術後3か月頃になると、首の動きに改善がみられてきていました。
| 項目 | 術後1か月 | 術後3か月 |
| 屈曲 | 20° | 20° |
| 伸展 | 20° | 30° |
| 側屈(右/左) | 20°/25° | 20°/30° |
| 回旋(右/左) | 35°/30° | 40°/40° |
特に、
- 上を向く動き(伸展)
- 振り向く動き(回旋)
に改善がみられてきています。
また他の主要な評価指標でも変化が確認されました。
| 項目 | 術後1か月 | 術後3か月 |
| 頚椎機能(JOACMEQ) | 40点 | 85点 |
| 首や肩の痛み(VAS) | 30mm | 10mm |
※JOACMEQは患者さん自身が記入する評価票で、頚椎機能や上肢機能、下肢機能、膀胱機能、QOLを評価します。
※VASは痛みの強さを0〜100で表す指標で、数字が低いほど症状が軽いことを示します。
ここで注目したいのは、可動域の改善量だけではありません。
例えば頚椎伸展は20°から30°へ改善したものの、一般的な参考値と比べるとまだ十分とは言えません。
それでもJOACMEQの頚椎機能は40点から85点へ大きく改善しました。
JOACMEQの頚椎機能では、
- 天井を見上げられるか
- 後ろを振り向けるか
- コップの水を飲めるか
といった日常生活で首を使えているかを確認します。
つまり賀川さんは、首の可動域が完全に回復したわけではないものの、
- 景色を見上げやすくなった
- 人に呼ばれて振り向きやすくなった
- 飲み物を飲む動作が楽になった
という生活上の変化を実感できるようになっていました。
リハビリでは「首が何度動くようになったか」も大切ですが、それ以上に「生活の中で何ができるようになったか」が重要です。
実際には、可動域が少ししか変わらなくても後方確認ができるようになれば大きな改善ですし、逆に数値が改善しても生活で使えなければ十分とは言えません。
賀川さんの場合は、可動域の改善途上でありながら、生活機能の改善が先に現れていた症例でした。
生活上の困りごとを具体的に確認することが大切
「首が動かない」
という訴えだけでは、本当に困っていることは分かりません。
賀川さんの場合は、
- 天井が見えない
- 後ろを振り向けない
- コップを飲み干せない
という具体的な困りごとがありました。
同じ首の可動域制限でも、
人によって困る場面は異なります。
そのためリハビリでは、
「首が何度動くか」
だけでなく、
「何に困っているか」
を確認することが重要になります。
JOACMEQは、頚髄症の重症度を見るだけでなく、「どの生活機能が障害されているか」を把握するための評価票として活用できます。
例えば、
- 洗濯物を干せるか
- 車の後方確認ができるか
- 飲水動作が楽にできるか
といった具体的な生活目標につなげやすい特徴があります。
生活上の困りごとが見えてはじめて、目標や介入内容も具体的になります。
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まとめ
首の手術をしたのに天井が見えない。
後ろを振り向けない。
コップの飲み物を最後まで飲めない。
そうした状態になると不安になるのは自然なことです。賀川さんも術後しばらくは同じ悩みを抱えていました。
しかし、
- 胸郭や肩甲骨の動きを改善する
- 姿勢を整える
- 首が動きやすい環境を作る
といったリハビリを土台として継続するなかで、首の動きや痛みに改善がみられていきました。
そして重要なのは、可動域が完全に回復する前から、
- 振り向きやすくなった
- 見上げやすくなった
- 飲みやすくなった
という生活上の変化が得られていったことです。
もし現在、首の動きに不安がある場合は、
「首が動かない」
だけでなく、
「何ができなくて困っているのか」
を主治医や担当療法士へ具体的に伝えてみてください。
改善の糸口が見つかることがあります。
【追記】専門職向け補足
69歳男性。
頚髄症に対して頚椎椎弓形成術を施行。
Hopeは国内旅行。
術後1か月頃より、
- 天井が見づらい
- 後ろを振り向きにくい
- コップを飲み干しにくい
という訴えがみられた。
- 頚椎伸展制限
- 頚椎回旋制限
- 頭部前方位
- 胸椎後弯
- 体幹右側屈
- 右肩甲帯下制
- 胸郭可動性低下
- 胸張り運動
- 体幹回旋運動
- 広背筋ストレッチ
- 姿勢指導
- 上下肢ストレッチ継続
頚椎ROMは、
- 伸展20°→30°
- 回旋(右/左)35°/30°→40°/40°
へ改善。
JOACMEQ頚椎機能は40点から85点へ改善し、首肩部痛も軽減した。
JOACMEQ頚椎機能は、単純なROMではなく「見上げる」「振り向く」「飲水する」といった生活場面で首を使えているかを評価する項目である。
本症例では術後3ヶ月の時点では可動域改善は限定的であった一方、生活機能の改善が大きく、患者自身の実感としても変化が得られていた。
生活上の困りごとを具体的に把握しながら介入を進めた症例であった。
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