「介護付き有料老人ホーム」という言葉から、高齢になり、身の回りのことができなくなってから入る場所を思い浮かべる方は多いかもしれません。
しかし、住まいを見直す時期は、年齢だけでは決まりません。
病気の経過や身体機能、疲れやすさ、一人で暮らすことへの負担などによって、50代で生活環境を変える人もいます。
本間千秋さん(仮名・50代女性)は、多発性硬化症の治療を10年以上続けてきました。
左眼の見えづらさと左顔面の感覚異常をきっかけに検査を受け、頭部MRIで複数の病変が見つかりました。
その後も定期通院を続け、再発を抑えるための治療薬を何度か変更し、体調を整えながら生活を続けています。
右腕や両脚が動かしにくくなり、治療を受けた時期もありました。
症状が軽くなった後も、疲労や下肢機能の低下は残り、移動には歩行器や電動車椅子が必要になりました。
そんな本間さんが50代で選んだ住まいは、介護付き有料老人ホームでした。
この記事では、治療を続けながら身体機能に合わせて暮らし方を変えてきた、本間さんの経過を紹介します。
多発性硬化症とは
多発性硬化症は、脳、脊髄、視神経などの中枢神経に病変が生じる病気です。
視力や感覚の異常、手足の脱力、歩行障害、排尿障害、疲労、認知機能の変化など、病変の位置によってさまざまな症状が現れます。
症状が新たに出現したり、以前の症状が悪化したりする「再発」と、症状が落ち着く「寛解」を繰り返すことがあります。
経過や症状には個人差があり、同じ人でも時期によって身体の状態が変わります。
症状が軽減しても、すべての機能が発症前と同じ状態に戻るとは限りません。
再発を重ねるうちに歩きにくさや疲れやすさなどが残り、長期的にみると日常生活に支援が必要になっていくことがあります。
左眼と顔の異変から始まった治療
本間さんが最初に感じた異変は、左眼の見えづらさと、左顔面の感覚異常でした。
頭部MRIで多発病変が確認され、多発性硬化症と診断されました。
診断後は、再発を予防するための薬物治療が始まりました。
最初に使用した「ベタフェロン」から数えると、その後、数週間〜数ヶ月ごとに5回ほど治療薬が変更されました。
多発性硬化症の治療では、病気の活動性、これまでの再発、身体の状態、副作用などを踏まえ、主治医と相談しながら薬が選択されます。
この間、本間さんは海外へ語学留学した時期もあります。
病気の治療を続けながら、自分が望んだ生活にも取り組んでいました。
右腕の脱力が現れ、ステロイドパルス療法を受けた
治療を続けるなかで、本間さんの右上肢に脱力が現れました。
このときはステロイドパルス療法が行われ、症状は改善しました。その後、再発予防の治療薬は「ケシンプタ」へ変更されています。
「ステロイドパルス療法」は、多発性硬化症の再発時に、炎症を抑えて症状の回復を促すために行われる治療です。
一方、再発予防薬としての「ケシンプタ」は、今後の再発や病気の進行を抑える目的で継続されます。両者は役割が異なります。
両脚が動かしにくくなった
その数ヶ月後、本間さんには両下肢の動かしづらさが現れました。
頭部と胸椎のMRIでは、新しい病変は確認されませんでしたが、急性の症状に対して再び「ステロイドパルス療法」が行われ、両脚の動かしづらさは軽減しました。
その後は、「ケシンプタ」による治療を継続し、病状は比較的安定しています。
MRIに新しい病変がなければ、実際に現れる症状や生活上の困りごとが生じない、というわけではありません。
本間さんは、慢性的に下肢機能の低下や疲れやすさが残り、移動方法や入浴環境などを調整しながら生活する必要がありました。
屋内では歩行器、屋外では電動車椅子を使う生活
本間さんは、屋内では歩行器を使って移動していました。
歩行器があれば施設内を歩ける一方、屋外の移動には電動車椅子を使用していました。
長い距離をすべて歩くのではなく、場所や距離、体調に応じて移動手段を使い分けていたのです。
入浴にも支援が必要でした。
浴室に手すりがあっても、一人で安全に入浴を完了することは難しく、洗身や洗髪の一部に介助を受けていました。
以前の住まいでは浴槽に入ることが難しく、身体機能に合った入浴環境を確保することも課題になっていました。
歩行器で歩けることだけを見れば、困っている場面だけ訪問サービスを利用して一人でも生活できるのではないか、と考えるかもしれません。
しかし、実際の暮らしには、屋外への移動、入浴、排泄、体調管理、転倒への備えなど、複数の場面があります。
疲労によって動きやすさが変わる病気では、その日の状態によって、普段できていることが難しくなる場合もあります。
家族に頼るにも、お子様一家もまだ子育てや共働きによって見守るゆとりはありません。
本間さんにとって、生活は、歩けるかどうかだけでは判断できない精神的な負担もありました。
50代で介護付き有料老人ホームへ入居した
本間さんは、50代で介護付き有料老人ホームへ入居しました。
介護付き有料老人ホームでは、必要に応じて食事、入浴、排泄などの日常生活上の支援を受けられます。
常時職員がいる環境で生活するため、体調や身体機能に変化があった際にも相談しやすくなります。
本間さんの場合、施設へ移ることで、歩行器や電動車椅子を使い分けながら移動できる環境が整いました。
そして、追加料金が発生することもありますが、付き添いをお願いし自分の好きな店で買い物をできる、ということも、有料老人ホームを選んだ意外と大きなポイントでした。
本間さんにとっての住み替えは、年齢を理由に生活を縮小することではなく、病気の経過に合う生活環境を選び直すことでした。
疲労に配慮しながらリハビリを継続した
介護付き有料老人ホームへ入居した後も、本間さんはリハビリを続けました。
目標は、現在の身体能力を維持し、立って行う動作の時により足を前へ出しやすくすることでした。
リハビリでは、ストレッチング、関節可動域練習、体幹と下肢の筋力訓練、歩行練習、手の巧緻動作(てのこうちどうさ:指先を使った細かく精密な動作)などに取り組みました。
施設で過ごす時間にも体を動かせるよう、自主訓練も取り入れています。
多発性硬化症では、運動そのものを避ける必要はありません。近年の研究では、適切な運動がバランス、歩行能力、歩行持久力、疲労、生活の質の改善に役立つことが報告されています。
ただし、同じ運動を行っても、その日の疲労や体調によって負担は変わります。
本間さんのリハビリでも、疲労と転倒に注意しながら運動量を調整しました。
歩く量を一律に増やすのではなく、疲れを翌日まで残さず、生活の中で継続できる範囲を探りながら進めています。
歩行器を使って安全に歩く場面、電動車椅子で体力を温存する場面、リハビリで歩行練習をする場面を分けることで、転倒と過度な疲労を避けながら活動範囲を保ちやすくなります。
本間さんも、歩行器と電動車椅子を併用しながら、歩行能力を維持するための練習を続けました。
病状が安定している時期にも支援は必要だった
服薬と体調管理により、診察時に「明らかな再発がみられない」とされる時期でも、本間さんの生活には支援が必要でした。
多発性硬化症では、再発がないことと、症状がないことは一致しません。
過去の病変による筋力低下や感覚障害、歩行障害が残る場合があります。
また、疲労、排尿の問題、認知機能の変化などは、外見から分かりにくくても、生活に影響を及ぼします。
本間さんも、屋内を歩行器で移動できる一方、屋外では電動車椅子を使用し、入浴には一部介助を受けていました。
病気の活動性が落ち着いている時期にも、身体の状態に応じた生活支援とリハビリを続けています。
住まい変えることで生活が安定した
多発性硬化症の治療では、再発を予防し、病気の活動性を抑えることが重要です。
それと並行して、残った症状が日常生活へ及ぼす影響にも対応する必要があります。
歩行が不安定になれば、歩行器や車椅子を検討します。
浴槽をまたげなくなれば、手すりや入浴方法を見直します。
疲労によって家事や外出が続けにくくなれば、支援を受ける方法やスケジュールの変更を検討します。
身体の状態が変化しているのに、以前と同じ生活を一人で続けようとすると、転倒や過労、閉じこもりにつながることがあります。
住まいを変える判断は簡単ではありません。
特に50代では、周囲の入居者との年齢差や費用、自由な生活を続けられるかなど、考えることが多くあります。
それでも、常時支援を受けることができる住まいへ移ることで、自分で行える動作を続けやすくなる人もいます。
必要な部分だけ支援を受け、残された力を日々の生活で使う環境を整えられるためです。
本間さんは、治療を継続し、リハビリに取り組みながら、現在の身体機能に合う住まいを選びました。
まとめ
本間千秋さん(仮名)は、左眼の見えづらさと左顔面の感覚異常をきっかけに多発性硬化症と診断されました。
その後10年以上にわたり、薬剤を変更しながら再発の予防を続けています。右上肢の脱力や両下肢の動かしづらさが現れた際には、一時的に入院し「ステロイドパルス療法」を受け、症状は軽減しました。
下肢機能の低下や疲労が残るなか、屋内では歩行器、屋外では電動車椅子を使用するようになりました。
入浴など一人で行うことが難しい日常生活動作も増えた中、お子様一家なども現役世代で同居や援助が難しいため、50代で介護付き有料老人ホームへ入居しました。
入居後も、歩行能力と現在の身体機能を維持するため、疲労や転倒に配慮しながらリハビリを続けています。
本間さんの経過には、多発性硬化症の治療だけでなく、障害を抱えての生活をどのように続けるかという課題がありました。
治療を続ける。身体を動かす。福祉用具を使う。必要な支援を受けられる住まいへ移る。
身体の状態に合わせて、それらを一つずつ選び直し、本間さんは安全案しな生活を続けることができています。
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