50代半ばで介護付き有料老人ホームを選んだ理由|統合失調症がある外科医の退院支援

神保宗次郎さん(仮名・50代半ば)は、外科医として働いていました。

ある日突然、右上下肢のしびれと痛みが続き、リウマチ性多発筋痛症と診断され、治療とリハビリテーションのため入院します。

入院当初、神保さんが目標としていたのは、医師として再び働くことでした。

「医師として社会復帰したい。」

右上肢の症状が改善すれば、もう一度仕事へ戻ることができる。

本人も家族も、その可能性を残しながら退院後の生活を考えていました。

しかし、退院先を決めるうえで問題となったのは、右腕の痛みやしびれだけではありませんでした。

病棟で一日を過ごす神保さんの姿から、一人暮らしを続ける難しさが少しずつ見えてきました。

身体機能は改善していた

入院後のリハビリテーションにより、神保さんは右上下肢の症状と付き合いながらも、動けるようになっていきました。

食事、歩行、排泄などの基本的な動作は自分で行えます。

病棟内の移動にも、大きな支障はありませんでした。

日常生活動作の評価では、寝返り、起き上がり、移乗、歩行、階段、排泄など、ほとんどが自立とされています。

病棟内を歩く姿だけを見れば、自宅へ退院できるようにも思えます。

ところが、病棟での生活を一日単位で見ていくと、別の課題がありました。

声をかけなければ、生活が始まらない

入院中、シャワーは3日に1回程度利用していました。

ただし、自分から準備を始めることが難しく、看護師や介護士の声かけが必要です。

着替えた衣類は、床に置いたままに何着も重なることがありました。

片付けるための袋を用意しても使われず、毎日衣類がそのまま残っています。

ベッドの周囲にも物が増え、職員が環境を整えていました。

右肩に貼る湿布も、一人ではうまく貼れません。

歩くことはできても、入浴の準備を始め、着替え、衣類を片付け、部屋の状態を整えるところまでは続きませんでした。

神保さんは徐々に、自分自身の身の回りのことや部屋、身近な人などに意識が向かなくなりました。

誰かが声をかける。

必要なものを準備する。

終わったあとに、できているかを確認する。

拒否や抵抗はないものの、多くの場面で主体性が失われた神保さんの生活には、こうした支援が必要でした。

統合失調症の影響は、日々の暮らしに現れていた

神保さんには、統合失調症(脳の働きに不調が生じ、現実を正しく認識することや、感情や思考をまとめることが難しくなる精神疾患)の既往がありました。

医師としての仕事を休む前の診断だったとのことです。

統合失調症と診断される経緯や症状、治療の成果は、その方によって違うため一般化できるものではありませんが、

神保さんの生活能力の評価では、調理、掃除、洗濯、ごみ出し、火気管理、金銭管理などに全面的な支援が必要とされました。

服薬管理や公共交通機関の利用にも、援助を要する状態です。

精神状態の変化の中には、幻覚(実際には存在しない感覚をリアルに体験する症状)なども含まれていました。

「自分はアレキサンドロス大王の生まれ変わりだ」などと話し、周囲に対して尊大な態度を取ることがあったり、

カーテンを閉めたまま、人前に出てこないこともありました。

統合失調症の患者さんすべてに同じ支援が必要なわけではありませんが、

神保さんの場合は、身の回りの生活を整える難しさに加えて、周囲との関わりを拒む場面や、精神状態の変化を継続して確認する必要がありました。

訪問看護などを利用した一人暮らしが難しかった理由

自宅へ戻り、精神疾患のサポートとして訪問診療や訪問看護、訪問介護を利用する方法もあります。

決められた時間に看護師や介護職が訪れ、服薬確認、健康管理、家事援助などを行う形です。

しかし、神保さんの場合、この方法では不安が強すぎたと言います。

いつ変わるかもわからない担当者を、断続的に室内へ迎え入れることにも抵抗がありました。(※多くの訪問事業所では、特定の担当者を配置することが難しい、あるいは、持続的にサービスを提供するためには担当者を固定することは好ましくない、とされています )

カーテンを閉めたまま出てこない。
声をかけても応じない。
訪問そのものを受け入れない。

このような状態になれば、その日の服薬や食事、部屋の状態を十分に確認できず安否確認もできません。やむなくサービス従事者が家の鍵を預かる、などの対応をとる必要があります。

神保さんは、これらの訪問サービスの手順を受け入れることを最初から拒否し、キーパーソンであるお母さまも、本人が嫌がることは真っ先に避けたいと考えていました。

よって、神保さんは、朝から夜までの生活をずっと近くで見守り、入浴や服薬が滞ったとき、部屋に閉じこもったとき、発言や態度が変わったときに気づける環境を選択することになったのです。

家族との同居もできなかった

キーパーソンは、お母様でした。

当初、お母さまは、仕事内容を変えてでも、神保さんの仕事復帰を願っていました。

施設で生活を整え、リハビリテーションに通いながら、1年後の復職を目指してほしいと考えていたのです。

その一方で、息子との同居は難しい、と率直に話しています。

同居は自分の身体を維持するのが精一杯なので考えられない。

お母さま自身も、自分の生活と健康を維持しなければなりません。

毎日の入浴や服薬を確認する。

部屋を整える。

精神状態が変化したときに対応する。

こうした支援をご家族も担うことはできませんでした。

一定期間の費用負担は可能でも、日常生活そのものを支えることは難しい。

これらの理由によって、自宅退院については、困難と判断されています。

リハビリテーション病院へ移っても、生活の課題は残る

神保さんは、退院後の希望について次のように話していました。

「できればリハビリ病院に転院したいが、できないのであれば(家には帰れないので)施設を考えたい。」

本人にとって、リハビリテーション病院への転院は、仕事復帰へ向かうための選択でした。

しかし、リハビリテーション病院は、長期的に暮らし続ける住まいではありません。

一定期間の治療やリハビリテーションを終えれば、再び退院先を決める必要があります。

繰り返しになりますが、神保さんの課題は、運動機能だけではありません。

自分から入浴の準備を始めること。

服薬を続けること。

衣類や部屋を整えること。

お金を管理すること。

精神状態が変化したときに、支援者とつながること。

これらは、身体がさらに改善すれば、すべて解決するというものではありません。

病院でリハビリテーションを続けるよりも、支援を受けながら生活そのものを整えられる住まいの検討が必要でした。

特別養護老人ホームや介護医療院、サービス付き高齢者向け住宅は対象にならなかった

神保さんは50代半ばで、特定の疾患にも当てはまらないため、介護保険は対象外とされています。

原則として介護保険の要介護認定を受けた高齢者を対象とする施設(介護医療院や、特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅など)は、神保さんの年齢と介護保険の状況を考えると、現実的な退院先にはなりにくい状態でした。

神保さんは食事や歩行、排泄などの基本動作なら自分で行えます。いろいろと心配事はありつつも、常時の医療処置を必要とする状態でもありませんでした。

そのため、医療を中心とした施設では、神保さんにとって支援が過剰になる可能性があります。

また、お母さまにとって必要だったのは、通いやすく生活を続けながら見守りと支援を受けられる場所でした。

障害者グループホームだけでは十分でなかった

統合失調症がある場合、障害福祉サービスのグループホームも選択肢になります。

共同生活を送りながら、食事や家事、相談などの援助を受ける住まいです。

ただし、職員配置や看護体制、対応できる精神症状は施設ごとに異なります。

神保さんには、生活援助だけではなく、右上肢の痛みやしびれへの対応、湿布の貼付、服薬確認、精神状態の変化への観察が必要でした。

幻聴・幻覚や尊大な言動、閉じこもりがみられ、医療機関との連携を含めた対応も求められます。

生活援助を中心とする小規模な共同生活の場よりも、介護、看護、生活支援を同じ場所で受けやすい施設の方が、当時の神保さんには適していました。

なぜ介護付き有料老人ホームだったのか

神保さんは、寝たきりだったわけではありません。

自分で歩けます。

食事や排泄もできます。

身体介助を常に必要としていたわけではありませんでした。

一方で、自分から生活を始め、整え、毎日繰り返していくことには支援が必要でした。

介護付き有料老人ホームには、住まいと日常的な生活支援が同じ場所にあります。

本人から助けを求められないときも、職員が生活の変化に気づきやすい環境です。

神保さんの体調変化を、訪問の時間だけではなく、日々の生活の中で確認できます。

神保さんに必要だったのは、生活が崩れ始めたときに、本人が助けを求めなくても、周囲が気づいて支援を始められる環境でした。

本人と家族、医療者の話し合いの結果、神保さんは介護付き有料老人ホームへ入居します。

仕事復帰という目標は、その後変わった

入院当初、神保さんは医師として臨床に出れなくとも、現役世代として社会復帰を希望していました。

お母さまも、施設で暮らしながらリハビリテーションを続け、仕事へ戻ることを願っていました。

しかし、統合失調症による精神状態の変化と、生活全般に必要な支援を踏まえ、いまのところは、すぐには社会復帰することは難しい、と判断されています。

神保さん自身も、その後、仕事復帰にこだわることを断念しました。

退院時に思い描いていた将来とは、違う経過です。目標は変わりました。

それでも、毎日の生活は続いていきます。

入浴する。

食事をとる。

薬を飲む。

部屋を整える。

人との関わりを保つ。

精神状態の変化に合わせて、必要な支援を受ける。

仕事復帰を目指すために始まった施設での生活でしたが、まずは足元の、神保さん自身の暮らしを維持することが目標となりました。

介護付きから住宅型有料老人ホームへ

神保さんは、その後、住宅型有料老人ホームへ住み替えています。

介護付き有料老人ホームへ入居したとしても、永続的に同じ支援を受け続けるというわけではありません。

生活が安定し、必要な支援の内容が変われば、住まいを見直すこともできます。(逆に不安定となる場合もあります)

退院直後には、職員が生活の様子を日常的に確認し、変化に気づける介護付き有料老人ホームが神保さんには必要でした。

しかしその後、状態や生活の安定化に合わせて、住宅型有料老人ホームへ移っています。

住まいは、一度決めたら変えられないものではありません

その時点で必要な支援を受けられる場所を選び、状況が変われば、生活の場も選び直していく。

神保さんの経過は、その過程を示しています。

特に、同じグループ内の施設への住み替えであれば、よりスムーズに金銭的にもお得に可能となることもあります。

入居前に長期的な目線で施設を選んでいくことが重要です。

理学療法士として考えたこと

神保さんの退院支援で重視されたのは、運動機能だけではなく精神面の課題への対応方法でした。

声をかけられなくても、入浴の準備を始められるか。

脱いだ衣類を片付けられるか。

薬やお金を管理できるか。

精神状態が変化したとき、自分から助けを求められるか。

支援者を受け入れられるか。

こうした日々の姿まで見て、初めて退院後の生活が見えてきます。

神保さんは、統合失調症という診断名だけで介護付き有料老人ホームを選んだわけではありません。

病棟で実際に起きていた、一つひとつの生活上の事実に沢山の課題がありました。

自宅では支援が途切れる。

訪問看護を受け入れられない。

家族との同居は難しい。

医療機関へ入院し続ける状態ではない。

その条件が重なっていった先に、介護付き有料老人ホームという選択がありました。

神保さんは、最終的に医師として仕事へ戻ることを断念しました。

けれど、仕事復帰に目途が立たなくても、生活そのものを諦める必要はありません。

支援を受けながら、その時点で続けられる暮らしを組み直していく。

介護付き有料老人ホームへの入居は、そのための出発点でした。