脳卒中後の生活再構築総合ガイド|歩けるようになった、その先の生活を取り戻すために

脳卒中のリハビリは、「歩けるようになること」で終わりではありません

脳卒中を発症したとき、多くの方が最初に目標とするのは、「歩けるようになること」です。
麻痺の程度や全身状態によって、「車椅子利用」等に目標は変わります

ベッドから起き上がる。

立ち上がる。

トイレへ行く。

自分の足で歩けるようになる。

これは、これまでの生活を取り戻すために欠かせない、とても大切な一歩です。

しかし、理学療法士として23年間、病院や在宅で多くの方の生活を支援してきた中で、私はいつも感じてきたことがあります。

それは、本当の生活は、「歩けるようになったあと」から始まるということです。

退院して自宅へ戻ると、病院では見えなかった現実が少しずつ見えてきます。

・家のお風呂に入れない
・家事が思うようにできない
・話したいのに言葉が出ない
・歩けるのに転倒してしまう
・働きたいのに仕事へ戻る自信が持てない
・旅行へ行きたいけれど不安が残る

こうした悩みは、麻痺や筋力だけでは説明できません。

住環境、ご家族の支援、高次脳機能障害(注意・記憶・判断など脳の働きの障害)、社会とのつながりなど、多くの要素が重なり合って生活へ影響します。

私たちは、この一連の過程を「生活の再構築」と考えています。

以前とまったく同じ生活へ戻ることだけが目標ではありません。

今の身体と、今の生活に合わせて、新しい暮らしを組み立てていくこと。

それが生活再構築です。

この記事では、実際の患者さんとの関わりを通して見えてきた「身体」「生活」「安全」「社会参加」の4つの段階をご紹介します。

今、ご自身やご家族がどの段階にいるのかを知りながら読み進めていただければ幸いです。

身体の再構築|歩けるようになることは、新しい生活のスタート

脳卒中になると、まず目標になるのは身体を動かすことです。

起き上がる。

立ち上がる。

歩く。

トイレへ行く。

こうした基本動作を取り戻すことは、生活再構築の第一歩になります。

しかし、「歩ける」という一言だけでは、その人の状態を十分に表すことはできません。

実際には、

「脚が自分のものではないように感じる」

「歩けるけれど疲れやすい」

「思うように動かせない」

という違和感を抱え続けている方も少なくありません。

例えば、58歳で脳幹梗塞を発症した宮野木きみこさん(仮名)は、退院時には日常生活動作の評価も良好で、杖も使わず一人で歩けるまで回復されました。

それでも、

「左脚が義足みたい。」

というご本人の言葉が印象的でした。

詳しく評価すると、筋力だけではなく、身体の位置を感じる感覚や、動きを滑らかに調整する協調性に軽い機能低下が残っていました。

周囲には分からなくても、ご本人だけが感じる歩きにくさが残ることがあります。

詳しい経過や評価については、こちらの記事で紹介しています👇

一方で、身体機能が回復しても、一人で安全に外出できるとは限りません。

53歳で前頭葉梗塞を発症した出村広子さん(仮名)は、歩行そのものには大きな問題はありませんでした。

しかし実際に地域で歩いてみると、

・信号への注意が遅れる
・道路の中央を歩いてしまう
・目的地まで迷ってしまう

といった場面が見られました。

これは歩行能力ではなく、高次脳機能障害による注意機能や遂行機能(順序立てて行動する力)の影響でした。

歩けることと、安全に目的地へたどり着けることは同じではありません。

詳しくは、こちらの記事でご紹介しています👇

身体の再構築は、生活を取り戻すための土台です。

しかし、歩けるようになったからといって、生活が自然に元通りになるわけではありません。

その先には、「自宅で暮らす」という新しい課題が待っています。

生活の再構築|歩けるようになっても、生活は自然には戻らない

急性期の治療を経て退院の日が決まると、とくに歩けるようになった患者さんやご家族の多くは、

「これで家でも普通に生活できそうだ」

と感じます。

しかし、実際には病院でできていたことが、自宅では難しいことが少なくありません。

病院は、リハビリを行うために整えられた環境です。

廊下は広く、段差は少なく、手すりもあります。

困ったときには医療スタッフがすぐ近くにいます。

一方、自宅には、

玄関の段差、

狭い廊下、

低い便器、

手すりのない浴室、

家具の配置、

それぞれの家ならではの環境があります。

さらに、ご家族の生活リズムや介護にかけられる時間も一人ひとり異なります。

そのため、退院とはリハビリの終了ではありません。

「自宅で生活するためのリハビリ」が始まる日でもあるのです。

入浴は「歩ける」だけでは安全に行えないことがあります

入浴は、日常生活の中でも特に難しい動作です。

・浴槽をまたぐ
・濡れた床で方向を変える
・片脚で身体を支える
・浴槽から立ち上がる

こうした動作には、歩く以上にバランス能力や環境が大きく関係します。

48歳で左被殻出血を発症した藤田剛士さん(仮名)は、病院内では装具を装着して一人で歩けるまで回復されました。

しかし、退院前に自宅を訪問すると、

・玄関の段差
・トイレの高さ
・浴室入口の段差
・手すりを設置できない浴室構造

など、多くの課題が見つかりました。

当初は浴室への手すり設置も検討しましたが、住宅の構造上、十分な強度を確保できませんでした。

シャワーキャリーを利用した介助方法も検討しましたが、ご家族の介護負担や住宅環境を考慮すると、退院直後から導入することは現実的ではありませんでした。

そのため、自宅での入浴を無理に始めるのではなく、デイサービスなど外部サービスの利用も含めて生活を組み立てていく方針となりました。

「身体ができること」と「自宅で安全にできること」は必ずしも一致しません。

詳しい経過については、こちらの記事で紹介しています👇

会話も、生活を支える大切な力です

歩けるようになっても、会話が難しいことで生活に大きな影響が出ることがあります。

代表的なのが失語症です。

失語症は、

耳が聞こえなくなる病気ではありません。

知能が低下する病気でもありません。

言いたいことは頭の中にあるのに、言葉として出てこなくなる障害です。

藤田さんも重度の運動性失語があり、退院当初は、ご家族へ自分の思いを十分に伝えられませんでした。

本人は伝えたい。

家族も理解したい。

それでも伝わらない。

このもどかしさは、ご本人だけでなく、ご家族にとっても大きな負担になります。

そのためリハビリでは、言葉だけにこだわるのではなく、

・ジェスチャー
・文字
・カレンダー
・指差し

など、その人に合った方法を一緒に探していきました。

会話を取り戻すことは、人とのつながりを取り戻すことでもあります。

詳しくは、こちらの記事をご覧ください👇

家事は「できる・できない」ではなく、「どうすればできるか」を考える

退院後、多くの方が気にされるのが家事です。

洗濯、

食器洗い、

掃除、

衣類の整理、

料理。

片麻痺が残ると、

「もう家事は無理だ。」

と思ってしまう方も少なくありません。

しかし、実際には環境や方法を工夫することで、再び役割を持てることがあります。

藤田さんも、片手で安全に家事を行えるよう、生活動作の評価を行いました。

例えば、

よく使う衣類は取り出しやすい高さへ収納する。

洗濯物は広いテーブルでたたむ。

洗濯かごは物干しの近くへ置く。

食器は固定して洗う。

作業中は話しかけず集中できる環境を整える。

こうした小さな工夫を積み重ねることで、以前とは違う方法でも家事を続けられるようになります。

リハビリで大切なのは、

「元通りにできるか」

ではありません。

「今の身体で、どうすれば安全にできるか」

を一緒に考えることです。

家事を再開することは、単に作業ができるようになるだけではありません。

「自分にも家族の役に立てることがある」

という自信にもつながります。

詳しい工夫については、こちらの記事で紹介しています👇

生活を再構築するとは、病院でできることをそのまま自宅へ持ち帰ることではありません。

今の身体。

今の住まい。

今の家族。

その環境に合わせて、暮らし方そのものを少しずつ組み立て直していくことです。

そして、その生活を長く続けるためには、「できること」だけでなく、「安全に続けられること」を考える必要があります。

次は、「安全の再構築」についてご紹介します。

安全の再構築|「歩ける」のあと「安心して暮らせる」を目指さなければいけません

脳卒中のリハビリでは、「歩けるようになること」は大きな目標です。

しかし、退院後の生活では、「歩けること」と「安全に生活できること」は必ずしも一致しません。

理学療法士として多くの患者さんを担当してきた中で、私は、

「病院では一人で歩けていたのに、自宅へ戻ってから転倒して自信を無くしてしまった」

という場面を何度も経験してきました。

その背景には、筋力だけでは説明できない、脳卒中特有の後遺症が隠れていることがあります。

見た目では分かりにくい「高次脳機能障害」

高次脳機能障害とは、

  • 注意を向け続ける力
  • 記憶する力
  • 判断する力
  • 計画を立てて行動する力

などの脳の働きに、障害が生じる状態です。

外見からは分かりにくいため、

「歩けているから大丈夫そう」

と思われることも少なくありません。

しかし実際には、

・(車椅子なら)ブレーキをかけずに立ち上がる
・急に方向を変えてしまう
・片側の障害物に気付かない
・動作の途中で手順が分からなくなる

など、転倒につながる危険が生活の中に潜んでいます。

「歩けるのに危ない」と判断した理由

44歳で右被殻出血を発症した清水仁さん(仮名)は、リハビリへの意欲が非常に高く、身体機能も順調に回復していました。

歩行練習が進み、立ち上がりや移乗もできるようになりました。

しかし、私たちはすぐに単独行動を許可することはできませんでした。

理由は、高次脳機能障害の影響が大きく残っていたためです。

例えば、

車椅子のブレーキを確認しないまま立ち上がろうとする。※清水さんは当時、屋外長距離移動は車椅子を使用していました

左側にある物へ気付かない。

動作の途中で注意がそれる。

急に方向転換をする。

こうした行動は、ご本人に悪気があるわけではありません。

脳卒中によって、「安全を確認しながら行動する」という脳の働きに影響が出ていたためです。

身体だけを見ると歩けています。

しかし、生活全体を見ると、まだ一人では危険な場面が多く残っていました。

詳しい経過については、こちらの記事で紹介しています👇

転倒は筋力だけでは防げません

転倒というと、

「脚の筋力が弱いから」

と思われがちです。

もちろん筋力は大切です。

しかし脳卒中後では、それだけでは説明できない転倒も少なくありません。

例えば、

・半側空間無視(身体や周囲の片側に気付きにくくなる障害)
・注意障害
・感覚障害

これらが重なることで、

自分の身体の位置が分からない。

危険へ気付くのが遅れる。

正しいタイミングで身体を支えられない。

といった状況が生まれます。

そのためリハビリでは、

筋力を鍛えるだけではなく、

・周囲を確認する習慣
・動作手順の確認
・麻痺側へ体重を乗せる練習
・実際の生活場面での反復練習

なども大切になります。

安全のために「動かないようにする」ではありません

高次脳機能障害があると、

「危ないから歩かない」

「危ないから外へ出ない」

という選択になってしまうことがあります。

しかし、それでは生活の幅まで狭くなってしまいます。

私たちが目指しているのは、

危険だから挑戦をやめることではありません。

危険を理解し、

必要な支援や環境調整を行いながら、

安心して挑戦できる範囲を少しずつ広げていくことです。

そのために、

外泊訓練、

家屋訪問、

家族指導、

居住地域での実践練習、

などを繰り返し行い、「病院でできる」を「自宅でも安全にできる」へ変えていきます。

安全とは、行動を制限することではありません。

安心して生活を続けられる環境を整えることです。

社会参加の再構築|人生は退院したその先も続いていきます

身体が回復し、自宅での生活が少しずつ安定してくると、その先には、もう一つ大切な目標が見えてきます。

それが社会参加です。

脳卒中は人生を大きく変える出来事です。

しかし、人生そのものが終わるわけではありません。

仕事へ戻りたい。

趣味を楽しみたい。

友人と出かけたい。

旅行へ行きたい。

こうした思いは、とても自然なものです。

社会参加とは、

発症前とまったく同じ生活へ戻ることだけではありません。

今の自分に合った方法で、もう一度社会とのつながりを築いていくことです。

復職は「元通り」ではなく、「新しい働き方」を考えること

脳卒中後の復職では、

「以前と同じように働けるだろうか」

という不安を抱く方が少なくありません。

しかし実際に職場が知りたいのは「元通り働けますか」という答えとも限りません。

「今、何ができますか」

「どんな配慮があれば働けますか」

という具体的な情報です。

清水さんも、身体機能だけでなく、高次脳機能障害を踏まえて、

・できること
・配慮があればできること
・今は難しいこと

を整理し、職場と共有しました。

その結果、障害者雇用という形で仕事へ復帰することができました。

復職とは、以前の働き方を再現することではありません。

今の自分に合った働き方を一緒に考え、組み立て直していくことです。

詳しくは、こちらの記事で紹介しています👇

趣味や旅行も「生活再構築」の一部です

生活が落ち着いてくると、

「もう一度旅行へ行きたい。」

という目標を持つ方もいます。

旅行は、単なる娯楽とは言えません。

「また自分らしい人生を歩みたい」

という気持ちの表れでもあります。

清水さんも、退院後すぐに海外旅行へ行けたわけではありません。

身体機能を回復させ、

生活を整え、

仕事へ復帰し、

少しずつ自信を積み重ねた先に、海外旅行という目標がありました。

・旅行を実現するためには
・主治医への相談
・航空会社への確認
・疲労への配慮
・移動方法の検討
・必要な支援サービスの活用

など、多くの準備が必要です。

それでも、自分に合った方法を選びながら一歩踏み出すことで、人生の楽しみを取り戻すことは十分に可能です。

詳しくは、こちらの記事で紹介しています👇

まとめ|生活再構築とは、「今の自分」で人生を組み立て直すこと

脳卒中後のリハビリは、歩けるようになることがゴールではありません。

退院して家に帰れることも、そこて終わりではありません。

本当の目標は、

その人らしい人生を再構築することです。

歩く。

家に帰る。

安全に生活する。

働く。

趣味を楽しむ。

旅行へ出かける。

その一つひとつが、新しい人生を築いていく大切な一歩になります。

理学療法士として23年間、多くの患者さんの退院後の生活に関わってきました。

その中で強く感じているのは、

「以前とまったく同じ生活へ戻ること」だけが回復ではない、ということです。

今の身体機能と動作、

今の脳のはたらき、

今の生活状況、

その状態に合わせて工夫しながら、自分らしい暮らしを少しずつ築いていく。

それこそが、このサイトで伝えたい生活の再構築です。

このページでご紹介した実例は、その一歩一歩を実際に歩んできた方々の記録です。

もし今、退院後の生活に不安を感じているとしても、焦る必要はありません。

あなたにも、今の自分に合った新しい生活を築いていける可能性があります。

その一歩を踏み出すヒントとして、この脳卒中の実例記事が少しでもお役に立てば幸いです。