息苦しくて家から出られなかった|COPDの72歳男性が活動範囲を取り戻した実例

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、肺気腫や慢性気管支炎などを含む、息切れや咳が長く続く肺の病気です。

この病気になると、息苦しさから少しずつ活動範囲が狭くなってしまいがちです。

最初は「長く歩くと苦しい」「階段がつらい」「外出すると疲れる」という程度だったものが、だんだんと買い物や散歩を避けるようになり、気づけば家の中だけで過ごす時間が増えていく――というのが典型的な経過です。

今回ご紹介する新村勝彦さん(仮名・72歳)も、まさにCOPDによる息苦しさから、活動範囲が狭くなってしまったお一人でした。

COPDのリハビリにおいて大切なのは、肺の病状によって「日常生活がどれだけ影響を受けているか」を見極めることです。

トイレまで歩けること、

家の中を自由に移動できること、

そして入院中であれば自宅へ戻る見通しが立つこと。

つまり、「自分の生活範囲を取り戻していくこと」が何よりの目的となります。

その上で、今回の新村さんの実例で特筆すべきなのは、「肺が完全に治らなくても、なぜここまで動けるようになったのか」という点です。

呼吸の方法を工夫し、体の動かし方の効率を整えることで、残された肺の機能を最大限に引き出す。そこには、そんな大きな可能性が秘められているのです。

息切れのために家から出られなくなっていた

新村さんは72歳の男性です。

診断名はCOPD、いわゆる慢性閉塞性肺疾患です。

COPDとは、主に喫煙などの影響で気道や肺胞(肺の中で酸素と二酸化炭素を交換する小さな袋)が障害され、息を吐き出しにくくなる病気です。肺気腫(肺胞が壊れてしまう状態)と呼ばれる状態を含むことがあります。

新村さんは6年ほど前から、歩いている途中に胸苦しさを感じるようになっていました。

当時は、胸苦しさがありながらも約1kmは歩けていました。

しかし次第に歩くことがつらくなり、3年ほど前からはほとんど家で過ごす生活になっていました。

自宅は3階建てでした。

1階は工場。

2階が居間。

3階が寝室。

生活範囲は、主に2階と3階の行き来だけになっていました。

外へ出る機会は少なくなり、活動量も大きく低下していました。

かつては毎日のように立って仕事をしていた1階の工場にも、ほとんど降りられなくなっていました。

階段を数段降りただけで息が切れてしまい、「また途中で動けなくなるかもしれない」という不安から、次第に下へ行くこと自体を避けるようになっていたのです。

入院時はトイレへ歩いて行くことも難しかった

入院後の初期評価では、新村さんは車椅子中心の生活でした。

歩行距離は17m程度。

トイレまで歩いて行くことも難しく、日常生活の自立度は大きく低下していました。

評価では、Barthel Index(バーセルインデックス:日常生活動作の自立度を100点満点で表す指標)は40点でした。

Barthel Indexとは、食事、トイレ、入浴、移動などの日常生活動作がどのくらい自分でできるかを表す指標です。
100点に近いほど自立度が高く、40点は日常生活の多くに介助が必要な状態を示します。

新村さんの場合、食事は自立していました。

しかし、息切れにより、

整容(身だしなみを整えること)

トイレ動作

入浴

更衣(着替え)

移動

移乗(ベッドや椅子への乗り移り)

階段

などに介助が必要でした。

特に大きかったのは、トイレまで自分で歩いて行けないことでした。

病気の説明としては「COPD」ですが、生活の問題として見ると、

「息苦しくて動けない」

「疲れてしまって移動できない」

「家の中での生活が成り立ちにくい」

という状態だったのです。

なぜ少し動くだけで疲れてしまったのか

新村さんが動けなくなっていた理由は、単に「体力が落ちたから」だけではありませんでした。

評価では、いくつかの問題が重なっていました。

まず、胸郭(胸の骨や肋骨で囲まれた部分)の動きが硬くなっていました。

胸郭とは、肋骨や胸のまわりの骨格のことです。ここが動きにくくなると、肺を広げる動きも小さくなりやすくなります。

また、呼吸補助筋(呼吸を助ける首や肩の筋肉)の過活動もみられました。

呼吸補助筋とは、首や肩まわりの筋肉で、息を吸うときに補助的に働く筋肉です。苦しいときに肩で息をするような呼吸になることがありますが、そのときに強く働きやすい筋肉です。

新村さんは、横隔膜(呼吸の主な筋肉)を使った腹式呼吸が十分に使いにくく、胸や肩まわりの筋肉に頼った呼吸になっていました。その結果、呼吸そのものに余分なエネルギーを使いやすくなっていたと考えられます。

さらに、長く活動量が減っていたことで、全身の筋力やバランスも低下していました。

動くと苦しい。

苦しいから動かない。

動かないから筋力や体力が落ちる。

さらに少し動くだけで疲れる。

この悪循環が、生活範囲を狭くしていたと考えられました。

また、この状態は医学的には「廃用症候群(活動量低下によって体の機能が落ちる状態)」と呼ばれ、活動量低下による全身機能の低下が呼吸困難をさらに悪化させることが知られています。

つまり、新村さんは肺の問題だけでなく、二次的に生じていた身体全体の使い方の問題が重なっていたのです。

リハビリで取り組んだのは、ただ歩くことだけではなかった

COPDのリハビリというと、歩行練習や体力づくりを思い浮かべる方も多いと思います。

もちろん実際に歩く練習も大切です。

しかし新村さんの場合、ただ長く歩くことだけを目標にしていたわけではありません。

呼吸を整える練習

まず行ったのは、呼吸を少しでも楽にするための練習です。

まず、腹式呼吸や口すぼめ呼吸を練習しました。
腹式呼吸は、お腹の動きを使って呼吸する方法です。

口すぼめ呼吸は、口をすぼめてゆっくり息を吐く方法です。COPDの方にとっては、呼気時の気道虚脱(息を吐くときに気道がつぶれてしまうこと)を防ぎ、呼吸効率を高める効果があるとされています。

新村さんも、腹式呼吸や口すぼめ呼吸を行うと、吸うときの苦しさが軽くなる様子がみられました。

また、胸郭の動きを出すために、胸まわりのリラクセーションやストレッチングも行いました。

これらの訓練により、肩や首の力みを減らし、呼吸補助筋に頼りすぎない呼吸を目指しました。

立つ・移る・トイレへ行く練習

リハビリでは、歩行距離を伸ばすことだけでなく、生活に必要な動作を重視しました。

立ち上がる。

ベッドから車椅子へ移る。

車椅子から立つ。

トイレまで移動する。

こうした動作は、家で生活するために必要です。

新村さんの場合、最初の短期目標は「トイレまで歩いて移動すること」でした。

トイレへ自分で行けるかどうかは、在宅生活の自立度に大きく関わります。

トイレへの移動練習では、途中で息が切れてしまうことが多くありました。そのため、あえて途中に椅子を置き、「苦しくなる前に一度座って休む」という方法を取り入れました。

最初は「一気に歩きたい」と話していた新村さんも、休みながら進むことで結果的に楽に移動できることを実感し、少しずつ動くことへの不安が和らいでいきました。

バランスと筋力を整える練習

新村さんは、立位バランスにも低下がみられていました。
立っている姿勢が不安定で、重心移動も小さくなっていたのです。

そこで、スクワット、立位での足踏み、上肢を動かしながら立位を保つ練習などを行い、改善を目指しました。

目的は、筋力をつけることだけではありません。

立った状態で身体を支える。

重心を移動する。

ふらついたときに立て直す。

こうした能力を高めることで、家の中での移動を安全に行えるようにしていきました。

少しずつ活動範囲が広がっていった

リハビリを続ける中で、新村さんの生活動作には変化がみられました。

退院時評価では、歩行距離は60mまで伸びました。

在宅酸素を1L使用しながらではありますが、杖などを使わずに、60m歩くことができました。

歩行後のSpO2(血液中の酸素の割合)は98%で保たれていました。

SpO2とは、血液中にどのくらい酸素が取り込まれているかを示す値です。一般的に95%以上の維持が正常とされます。数値だけで安全性を判断するものではありませんが、運動中の状態を確認する目安になります。

また、Barthel Indexは40点から75点へ改善しました。

そして、実際に影響が大きかったのは、生活の変化です。

トイレへ歩いて行けるようになった。

更衣が自立した。

移乗が改善した。

歩行で移動できる範囲が広がった。

これらは、新村さんの生活にとって大きな変化でした。

特に、トイレ歩行が自立したことは重要でした。トイレに行くたびに誰かの介助が必要な状態と、自分で歩いて行ける状態では、生活の自由度が大きく変わります。

退院後に訪問リハビリを継続し、さらに回復した

新村さんの変化は退院後も続いていきました。

訪問リハビリを継続する中で、まず室内移動が安定し、やがて自宅周囲の短距離の歩行が可能となりました。

そして退院後1年では、6分間歩行距離(6分間でどれだけ歩けるかを測る検査)は270mまで改善しました。呼吸を意識してゆっくり歩けば、近隣への外出が可能となったのです。また、携帯用酸素を使用すれば、長時間の外出も可能となりました。

回復は「肺が治った」わけではない

このような改善を見ると、「肺が良くなったのでは」と感じるかもしれません。

しかし、COPDによる肺胞破壊や肺気腫性変化は基本的に不可逆的であり、肺そのものが元通りになるわけではありません。

では、なぜ新村さんはここまで動けるようになったのでしょうか。

それは、

・呼吸効率の改善
・筋力と持久力の向上
・活動量の増加

といった要素が組み合わさり、「少ないエネルギーで動ける身体」に変化したためです。

つまり、肺の機能が増えたのではなく、「身体の使い方が変わった」ことが大きな要因でした。

COPDのリハビリは生活を取り戻すためにある

COPDのリハビリで重要なことは、実際の生活でどのように活動できるようになるかという視点です。

トイレへ行けるか。

家の中を移動できるか。

階段を使えるか。

疲れたときに休みながら行動できるか。

行動制限を少なくして生活を続けられるか。

という点です。

新村さんのように、入院前、長い期間活動量が低下していると、病気そのものに加えて、筋力低下やバランス低下、易疲労性(疲れやすさ)がより重くなります。

この状態では、ただ「頑張って歩きましょう」と言うだけでは改善は得られにくいです。

どの動作で疲れるのか。

どのくらいで休む必要があるのか。

呼吸を整えるとどう変わるのか。

家の中ではどこまで移動できれば生活できるのか。

そうしたことを一つずつ確認していく必要があります。

まとめ

COPDによる息切れがあると、外出や移動が少しずつ難しくなることがあります。

新村さんも、6年前から歩行中の胸苦しさを感じ、3年前からはほとんど家で過ごす生活となっていました。

しかし、呼吸の使い方や身体機能に着目したリハビリを行うことで、トイレ歩行の自立や生活範囲の拡大につながりました。

COPDは肺そのものを元に戻すことが難しい病気ですが、身体の使い方や活動量を見直すことで、生活の質を高めることは可能です。

「どこまで歩けるか」だけでなく、「どのように生活できるか」という視点でリハビリを考えることが重要です。