身体は元気なのに道に迷うようになった|脳梗塞後に一人で外出できない53歳女性の実例

脳梗塞のあと、歩行や身の回りの動作が回復すると、周囲からは「もうほとんど元通りになった」と思われることがあります。出村広子さん(仮名・53歳)もその一人でした。

退院時には歩行は自立しており、食事や着替え、トイレなどの日常生活動作にも介助は不要。
家事や買い物もある程度こなせる状態まで回復していました。
しかし、退院後の生活では外見からは分かりにくい課題が残っていました。

それは、「一人で目的地までたどり着けない」という問題です。

足に麻痺があるわけではありません。
それでも、一人で外出すると道順を間違えたり、信号への注意が遅れたりして、安全に行動することが難しくなっていました。

この記事では、出村さんの実例をもとに、高次脳機能障害の視点も交えながら解説します。

歩けるようになったのに一人で外出できなかった背景

出村さんは前頭葉(考えたり計画を立てたりする働きに関わる脳の部分)の脳梗塞を発症し、入院治療とリハビリを受けました。

評価指標「FIM」は満点

出村さんは、日常生活動作の評価指標であるFIM(Functional Independence Measure)では、発症後早くから満点を記録していました。
食事、着替え、移動、トイレなどの基本的な生活動作に介助が必要ない状態であり、病院内での生活だけを見ると大きな問題はないように見えました。

見えづらい真の課題

出村さんが苦手としていたのは、身体を動かすことではなく、以下の脳の働きでした。

  • 計画通りに行動すること
  • 注意がそれても元の作業に戻ること
  • 周囲の状況を確認しながら安全に行動すること

これらは脳卒中後にみられる高次脳機能障害の症状として知られています。
高次脳機能障害は、記憶、注意、判断、計画、コミュニケーションなどの脳の働きが障害される状態を指し、外見からは分かりにくいことが特徴です。

一番困っていた「目的地へたどり着けない」実態

近所への買い物程度であれば店員とのやり取りも問題ありませんでしたが、一人で外出するとなると状況が変わりました。

道順を確認しても途中で迷う

出発前に行き先やルートを確認していても、途中で方向感覚がずれてしまうことがありました。
本人は正しい道を進んでいるつもりでも、気づけば違う方向へ向かっていることがあります。

外出中は、道順を思い出しながら信号や車に注意し、時間も確認するという「複数の情報を同時に処理する」必要があります。出村さんは、このような注意を持続・配分する力が低下していました。

予定通りに行動できない(遂行機能の低下)

出かける時間が決まっていても、途中で別のことに気を取られると準備が止まってしまいました。

電気やガス、ストーブの確認など、外出前の複数の確認事項を順序立てて進めることが難しくなっていました。
やるべきことを理解していないのではなく、「必要な作業を整理し、計画を立てて順番に進め、最後までやり遂げる力(遂行機能)」の低下が日常生活に影響していました。

外出中に潜むさまざまな危険

安全面においても、注意が必要な場面が複数見られました。

  • 信号の確認が遅れる
    青信号に気づかなかったり、赤に変わるタイミングで渡ろうとしたりすることがありました。周囲の情報が増えると注意が散りやすくなり、必要な情報に集中し続けることが難しくなっていました。
  • 後ろから来る車への反応が遅れる
    歩行中、車の接近に気づいても、とっさに避ける動作が遅れることがありました。危険を理解できないのではなく、気づいてから行動に移るまでに時間がかかる状態でした。
  • 道の真ん中を歩いてしまう
    歩道があるにもかかわらず、道路の中央寄りを歩いてしまうことがありました。

歩行能力そのものには問題がないため、「歩けるかどうか」だけでは安全性を判断できない典型例と言えます。

自宅の中で続いていた困りごと

こうした課題は外出時だけでなく、自宅での注意、記憶、予定管理にも現れていました。

ガスの消し忘れ(注意の障害)

調理を続けながら安全確認を行うことが難しくなっていました。
高次脳機能障害では、必要な情報を選び、不要な情報を除く力が低下することがあります。そのため、テレビの音や会話などの情報が加わると、本来注意を向けるべき火の管理が難しくなります。

【対策】 調理中はテレビやラジオを消す、一品ずつ作る、ガス使用中はその場を離れない、注意メモを貼るなど、余計な情報を減らして集中しやすい環境を整えました。

電話内容を覚えられない(同時処理の低下)

電話応対では「話を聞きながら理解し、必要事項を書き留める」という複数の作業を同時に行います。
出村さんには、この聞きながら処理する力の低下がみられていました。

【対策】 相手に「ゆっくり話してください」と伝えること、分からない部分は聞き返すこと、最後に内容を復唱して確認することを習慣づけました。

予定管理が苦手

毎日の予定が決まっていれば行動できますが、予定を忘れたり、時間通りに動けなかったりすることがありました。

【対策】 大きめのカレンダーにその日に行うことを書き込み、終わったら消す方法を導入。家族も一緒に確認することで、記憶への負担を減らす仕組みを作りました。

なぜ「歩けるのに一人で外出できない」のか

前頭葉の脳梗塞では、注意を持続する力、複数の情報を処理する力、計画を立てて実行する力が低下することがあります。

また、健常者であれば自然に取捨選択できる情報でも、高次脳機能障害があると必要な情報に絞り込むことが難しくなるため、「情報が多い環境」そのものが大きな負担になります。

身体機能としては歩行も身の回りの動作も十分に自立していても、実際の生活で求められる複雑な能力との間に大きな差が生じてしまう。これが高次脳機能障害の代表的な特徴です。

リハビリテーションにおける支援のポイント

出村さんのリハビリでは、単に歩行能力を評価するだけでなく、実際の生活場面を重視したアプローチが行われました。

  • 実際の外出場面を確認・練習
    病院内だけでなく、実際に外に出て、道順の記憶、信号確認、車の往来への注意、目的地の往復が安全にできるかを何度も練習しました。初めての場所への単独外出は避け、段階的に行動範囲を広げました。
  • メモや貼り紙による環境調整
    玄関には外出前の確認メモ、電話機付近には対応のポイント、ガス台の前には火の元確認メモを設置。本人の努力だけに頼るのではなく、確実に処理できる情報だけを残す工夫をしました。
  • 家族と一緒に生活を組み直す
    買い物では必要な物をメモにまとめ、持参する金額を調整。薬は数日分ずつ準備して毎朝確認するなど、家族の関わりを含めて生活全体を整えていきました。

※携帯電話やリマインド機能のある機器の使用は、ご本人が複雑に感じプレッシャーとなったためNGでした

結論:脳梗塞後は、運動に後遺症が無くても、安全に外出できるとは限らない

食事や着替え、移動、トイレなどの日常生活で必要となる動作に問題は無くても、一人で安全に外出するためには「道順の把握」「周囲への注意」「時間管理」といったさらに高次の能力が必要です。

身体が元気そうに見えるからこそ、実際の生活における困難や、その背景にある高次脳機能障害は見落とされがちになります。その違いを正しく見極めることが、自宅での安全な生活につながります。

まとめ

脳梗塞のあと、歩けるようになったからといって、必ずしも一人で安全に外出できるとは限りません。

出村さんのケースのように、道に迷う、信号確認が遅れる、火の元を消し忘れるといった課題は、本人の努力不足ではなく脳の障害によるものです。情報が多い環境ほど混乱しやすいため、メモの活用や周囲の環境調整が重要になります。

大切なのは、「歩けるかどうか」だけで判断しないことです。どこまで一人で行導できるか、どんな場面に危険があるかを具体的に整理することで、生活の安全性は高められます。

もし脳梗塞後に「道に迷う」「予定を忘れる」「火の元が心配」「一人で外出するのが不安」といった悩みがある場合は、主治医やリハビリ専門職に相談してみてください。

日常生活の中にある小さな困りごとこそが、より安心して暮らすための大切な手がかりになります。

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