首の手術をしたのに歩くとふらつく|旅行に行きたかった69歳男性の実例

首の手術を受ければ、また以前のように歩けるようになる。

そう考えて手術に臨む方は少なくありません。
しかし実際には、

・ 歩くとふらつく
・ 長い距離を歩けない
・ 外出が不安
・ 手足のしびれが残る

といった悩みが続くことがあります。

今回ご紹介する賀川太朗さん(仮名・69歳)も、そのような状況を経験されたお一人です。
賀川さんの目標は、「国内旅行へ行くこと」でした。

しかし首の手術後も歩行には不安が残り、思うように外出できない状態が続いていました。
しびれが残るなかでも、歩行能力や身体機能を改善しながら、自分の目標に向かって取り組んだ実例です。

上下肢のしびれや歩きにくさが数年続き、首の手術を受けた

賀川さんは頚髄症(けいずいしょう)と診断されていました。
頚髄症とは、首の中を通る脊髄が圧迫されることで、手足のしびれ、筋力低下、歩行障害、手の使いにくさなどが生じる病気です。

賀川さんは3〜4年前から上下肢のしびれや歩きにくさを感じていました
徐々に症状は進行し、思うように歩けない状態になっていました。

そして、悩んだ末、脊髄への圧迫を取り除く目的で頚椎椎弓形成術を受けることになったのです。

手術後しばらく、きちんとは歩けなかった

賀川さんには明確な目標がありました。

それが、「国内旅行へ行きたい」というもの。

旅行では、

  • 長時間歩く
  • 駅や空港を移動する
  • 段差や階段を上り下りする

ことが求められます。

手術直後、病院の中をやっと数十メートル歩ける状態の賀川さんにとっては、
旅行へ行く、なんて、遥かかけ離れた夢に感じられました。

術後2週間の時点では、

  • 両手両足のしびれ
  • 歩行時のふらつき
  • バランス低下

が残っている状態。
歩行は右T字杖を使用しながら行っていましたが、一人で安全に歩くことは難しく、左側から軽く支える介助が必要な状態でした。

家に帰るための最低限の急性期リハビリを終えて退院し、
術後1か月になると、一人で通院できるまでには回復していました。

しかし、褒めてくれる周囲の声を聞きながらも、賀川さんはまだ大きな不安を抱えていました
それは、「何とか歩けるが、ふらつくことが多い」という状態に対してです。

歩きにくさの背景にあったもの

歩きにくさの原因は一つではありませんでした。

まず、上下肢のしびれが残っていました
また、姿勢にも特徴がみられました

姿勢に関しては、平たく表現すると、

  • 頭が前に出ている
  • 背中が丸くなっている
  • 身体が右に傾いている
  • 右肩が下がっている

という状態でした。

また歩行時には体幹の揺れもみられていました。

担当者であった私は、深部感覚(関節や筋肉の位置を感じる感覚)の影響も考えていました。
深部感覚が低下すると、「自分の身体が今どこにあるのか」を把握しにくくなります。

その結果、ふらつく、バランスを崩しやすい、歩行が不安定になる、といった状態が起こることがあります。

リハビリで取り組んだこと

術後早期のリハビリでは、首を無理に動かすことは行いません。
まずは身体の土台づくりから始めます

賀川さんの場合、具体的には、

  • 腹式呼吸(息を吸うときにお腹を膨らませ、吐くときにお腹をへこませる運動
  • 胸張り運動(猫背や巻き肩などの姿勢の矯正
  • ハムストリングスのストレッチ(腰痛や膝痛、姿勢の悪化、肉離れ の原因になりやすい腿裏の長い筋肉を伸ばす
  • 梨状筋ストレッチ(お尻の奥深くにあるインナーマッスルである「梨状筋」を伸ばし股関節まわりの機能を回復させる

などでした。

一見、手術部とは無関係に見えるメニューもあるかもしれませんが、
身体のパーツは相互に多大な影響をもたらしあっていますので、
ひとつひとつ評価をしてその方の問題点を挙げ、負担の少ない動作につなげられるように取り組みます。

たとえば、腹式呼吸は呼吸を整えるだけのメニューではありません
首や肩に余計な力が入り続けることを防ぎ、身体全体を動かしやすくする目的もあります

術後1か月半頃になると、胸郭や肩甲骨の動きにも着目しました。

賀川さんは、

  • 天井が見づらい
  • 後ろを振り向きにくい
  • コップの飲み物を飲み干しにくい

という問題も抱えていました。

そのため、

  • 広背筋ストレッチ(脇の下から背中・腰にかけて広がる人体で最も大きい筋肉「広背筋」を伸ばすこと
  • 体幹回旋運動

といった、アプローチを行い、
首だけでなく体幹の動きを改善することを目指しました

さらに術後3か月頃からは、

  • クロスエクステンション(四つ這いの姿勢などで対角線上にある手と足を同時に伸ばす体幹トレーニング)
  • 立位練習
  • バランス練習

など、目的は一貫していながらも、よりレベルアップしたメニューを取り入れ
旅行に必要な歩行能力づくりを進めていきました。

手術後も継続して手足のしびれは残っていた

賀川さんは術後3か月の時点でも、

「しびれは変わらない」

と話されていました。

神経症状は、手術によって圧迫の原因が取り除かれても、回復まで長い時間がかかることがあります。

そのためリハビリでは、歩行練習だけでなくエアロバイクによる有酸素運動も導入しました
エアロバイクというと心肺機能の向上(体力づくり)のイメージが強いかもしれません。

しかし、手術後のリハビリでは、それだけを目的とはしません。

神経は血液から酸素や栄養を受け取って働いています
そのため有酸素運動は、

  • 体力の維持
  • 活動量の確保
  • 全身の血流を保つこと

にも役立ちます。

賀川さんの場合も、歩行能力の向上だけでなく、
長く続く神経症状に対するアプローチの一つとして有酸素運動を取り入れていました

術後3か月でみられたその他の主要な変化

前述の通り、術後3か月の時点では、しびれは残っていました。

しかし、そのほかの重要な身体機能には、改善がみられていました

評価項目術前〜術後初期術後3か月
歩行軽介助T字杖歩行自立
首や肩の痛み(VAS)30mm10mm
腕や手の痛み(VAS)46mm26mm
頚椎機能(JOACMEQ)70点85点
上下肢のしびれ残存残存
旅行困難目標として継続

※VAS(Visual Analogue Scale)
痛みの強さを0〜100mmで表す指標です。数字が低いほど症状が軽いことを示します。

※JOACMEQ(Japanese Orthopaedic Association Cervical Myelopathy Evaluation Questionnaire)
頚髄症患者の状態を評価する指標です。100点に近いほど機能が良好とされます。

賀川さんの場合、しびれは残っていました。
しかし、

  • 歩きやすくなった
  • 首や肩の痛みが減った
  • T字杖で自立して歩けるようになった

という変化が顕著にみられていました。

頚髄症の手術後の回復は、「しびれが軽減されたか」ということは着目点ではありますが、
その他の生活に直結するポイントも見逃してはいけません。

生活の中でできることが増えたかどうかも重要な視点になります。

まとめ

首の手術をしたのに歩くとふらつく。

手足のしびれも残っている。

そのような状態では不安になるのが自然だと思います。

賀川さんも術後3か月の時点で、しびれは残っていました。

しかし、

  • 歩行能力
  • 首の機能
  • 痛み

には改善がみられていました。

また、旅行という目標に向けてリハビリを継続できる状態まで回復していました。

頚髄症術後の回復は、人によって経過が異なります。

もし現在、歩行のふらつきやしびれに悩んでいる場合は、

「どの症状が残っているか」

だけでなく、

「何ができるようになっているか」

という視点でも身体の変化を確認してみてください。

それが次の一歩につながることもあります。

その後、賀川さんは転居されたため、私の勤務していた病院での外来フォローは、終了となっています。
そのため、術後4カ月目以降の賀川さんの経過の詳細は知ることはできませんが、
“別府温泉に行った時”という楽しそうな賀川さんの写真付き年賀状をいただいています。

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【追記】専門職向け補足

症例概要

69歳男性。

頚髄症に対して頚椎椎弓形成術を施行。

主訴は上下肢のしびれと歩行障害。

Hopeは国内旅行。

主な問題点

  • 上下肢のしびれ
  • 歩行時のふらつき
  • 頭部前方位
  • 胸椎後弯
  • 体幹右側屈
  • 右肩甲帯下制
  • 頚椎伸展制限
  • 深部感覚障害が疑われる体幹動揺

主な介入

  • 腹式呼吸
  • 胸張り運動
  • 下肢ストレッチ
  • 広背筋ストレッチ
  • 体幹回旋運動
  • クロスエクステンション
  • 立位練習
  • エアロバイク50W

経過

術後3か月時点でも上下肢のしびれは残存。

一方で、

  • 頚椎機能
  • 歩行能力
  • 頚肩部痛

には改善が認められた。

旅行という目標に向けて、支持性・協調性・持久力の向上を目的としたリハビリを継続した症例であった。