「以前より肩の痛みは軽くなった気がするのに、腕の動く範囲が狭くなっている」
「ストレッチをしても変わらないのは、自分の努力が足りないからなのだろうか」
肩関節周囲炎(いわゆる五十肩など)でリハビリテーションを受けている方の中には、このような疑問や不安を抱えている方が少なくありません。
しかし、「肩の痛みが軽くなった」としてもすぐさま肩の動きや生活動作が元通りになるとは限りません。
この記事でご紹介する速見アキさん(40代女性・仮名)の実例は、リハビリによって劇的に完治した成功体験談ではありません。
速見さんは当初、痛む場所に着目して筋肉の張りなどへアプローチを続けられたものの、痛みは和らいだ一方で肩の可動域はむしろ狭くなり、
再評価をして方針を組み立て直した、という経過をたどっています。
この実例を通じて、理学療法士がどのような視点で肩を評価し、経過を見ながら考え方を更新していくのかについてわかりやすく解説します。
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- 数か月前から肩が痛み、着替えが難しくなった
- 最初は筋肉の張りや肩甲骨の動きを中心に見ていた
- 当初の仮説に沿ってリハビリを進めた
- 約1か月後|腕を上げる痛みには改善傾向がみられた
- 約2か月後|痛みは軽くなっても肩の動きはむしろ狭くなっていた
- その場で変化しても、効果が持続していなかった
- 「もっと同じ場所を伸ばす」ではなく、最初の見立てを見直した
- 自動と他動の動きなど、評価そのものを広げた
- 速見さんの例から考える|痛みが減ればすぐさま生活が戻る、というわけではない
- リハビリを続けても変わらないときに大切なこと
- 速見さんの例は、「五十肩の一般的な経過」を示すものではありません
- まとめ|変化が乏しいことも次の評価につながる
数か月前から肩が痛み、着替えが難しくなった
まずは、速見アキさん(40代女性・仮名)がどのような困りごとを抱えて医療機関を訪れたのか、その背景から振り返ります。
明らかなきっかけがなく始まった左肩の痛み
40代の速見さんは、転倒して肩を打ったなどの明らかなケガ(外傷)がないにもかかわらず、数か月前から左肩に痛みを感じるようになりました。
はじめは限られた動作で感じていた痛みが、時間の経過とともにさまざまな動作でみられるようになりました。
医師による診察の結果、「左肩関節周囲炎」と診断され、理学療法(リハビリ)が開始されることになりました。
速見さんの主な訴えは、肩の後ろから腕の外側にかけての痛みであり、「スジが痛い」という表現をされていました。
速見さんの希望は「ズボンと下着を痛みなく着替えたい」こと
リハビリテーションで重要視されるのは、単に「肩が痛い」という症状だけでなく、「その症状によって生活の何をできるようになりたいのか(生活上の目標・HOPE)」です。
速見さんが切実に望んでいたのは、「ズボンと下着の着脱を痛みなくできるようになりたい」という日常の動作でした。
背中に手を回して下着のホックを留める、ズボンの後ろ側を引き上げるといった動作がつらく、日々の着替えに大きな不自由を感じていたのです。
背中に手を回す動作の仕組みや着替えの工夫については、関連記事「結帯・更衣動作困難」で詳しく解説しています。
最初は筋肉の張りや肩甲骨の動きを中心に見ていた
リハビリを開始するにあたり、担当理学療法士は速見さんの身体の状態を細かく確認しました。
初期の身体所見(痛む部位・筋緊張・可動域)
初診時の評価では、以下のような特徴が確認されました。
- 痛みの出方:腕を外側へひねる(外旋)動きで力を入れたときの痛みや、腕を内側へひねって背中へ回す(内旋・結帯)動きで痛みがみられた
- 筋肉の状態:肩の後方にある筋肉(棘下筋や小円筋など)や、胸・背中の周囲の筋肉に張りや筋緊張が確認された
- 肩甲骨の状態:肩甲骨の位置に特徴がみられ、動かしたときの可動性も低下していた
- 動く範囲(可動域):腕を前から上へ持ち上げる角度(135度)、腕を外側へひねる角度(30度)、背中に手を回す動き(腰の高さまで)に制限がみられた
当初立てていた仮説
これらの情報をもとに、担当者は次のような仮説を立てました。
「痛む場所や筋緊張、肩甲骨の位置・動きにくさなどが、問題なのではないか」
この仮説に基づき、硬さのみられる筋肉を緩め、肩甲骨の動きを引き出すアプローチを中心に行う方針が立てられました。
当初の仮説に沿ってリハビリを進めた
立てた仮説に沿って、速見さんの理学療法がスタートしました。
・痛みを和らげるための温熱療法
・肩の後ろや胸の周囲の筋肉に対する徒手的なアプローチ
・肩甲骨を動かす練習
・腕を内側・外側へひねる運動(回旋)
・自主トレーニング
などが段階的に行われました。
狙いは、筋肉や肩甲骨周囲の緊張を和らげることで、肩の動きやすさを取り戻し、目標である着替え動作へつなげることでした。
肩の可動域運動やストレッチの基本的な考え方は「肩のストレッチ」をご覧ください。
約1か月後|腕を上げる痛みには改善傾向がみられた
リハビリを開始して約1か月が経過した頃の速見さんの状態です。
改善がみられた部分
速見さんの自覚症状として、「腕を上へ持ち上げるときの痛み」には改善傾向がみられました。初期と比べて、前から腕を持ち上げる際のつらさは少し和らいでいました。
依然として残っていた課題
しかし、すべての問題が解決したわけではありませんでした。
- 腕を外側へひねったとき(外旋)の痛みや、背中に手を回したとき(結帯動作)の痛みは依然として残っていた
- 肩後方の筋肉の張りや、肩甲骨の動かしにくさも残存していた
- 腕を外側・内側へひねる筋力の低下や、関節の動く範囲の制限も続いていた
痛みの出方の一部には良い変化がみられたものの、速見さんが最も困っていた「背中へ手を回す動き(結帯)」のつらさは依然として残っていました。
約2か月後|痛みは軽くなっても肩の動きはむしろ狭くなっていた
さらにリハビリテーションを続け、初診から約2か月(約54日)が経過した時点で、あらためて速見さんの全体的な再評価が行われました。
そこで確認されたのは、一見すると矛盾するような結果でした。
動かしたときの痛みが減る一方で起きた変化
自分で腕を動かした際の痛みには、全体として改善傾向がみられていました。
しかし、理学療法士が腕を支えて限界まで動かしたとき(他動運動の最終域)の痛みや、背中へ手を回したときの痛みは強く残っていました。
可動域の数値に現れた現実
関節の動く範囲(可動域)を測定し直したところ、以下のような変化が確認されました。
- 腕を前から上へ上げる角度:初期 135度 → 約2か月後 120度(15度狭くなっていた)
- 腕を外側へひねる(外旋)角度:初期 30度 → 約2か月後 15度(15度減少)
- 背中へ手を回す範囲:初期 腰の高さまで届いていた → 約2か月後 お尻の高さまでしか届かない
「痛みの軽減」と「動きの回復」は一致しないことがある
「自分で動かしたときの痛みは軽くなっているのに、腕を上げられる角度や外にひねる角度、背中に回せる範囲は初期よりも狭くなっていた」という事実が浮き彫りになりました。
痛みが減ったからといって、関節の動く範囲が広がり、着替えができるようになるとは限らないということを示しています。
その場で変化しても、効果が持続していなかった
さらに速見さんの経過を細かく振り返ると、もう一つの特徴がみえてきました。
筋へのアプローチ後には多少の変化がみられたものの、その効果は持続していませんでした。
これでは本人が目標としていた着替え動作の改善はかないません。
一時的な変化が出ても持続せず、目標としていた「ズボンや下着の着脱が楽になる」という生活上の目標達成にはつながらなかったのです。
「もっと同じ場所を伸ばす」ではなく、最初の見立てを見直した
この速見さんの結果に直面したとき、理学療法士はどう考えたのでしょうか。
「まだ筋肉が硬いから、もっと強くストレッチを続けよう」
「患者さんの運動回数が足りないから、もっと回数を増やしてもらおう」
とは進みませんでした。
筋肉の硬さだけでは十分に説明できず、関節包や靭帯、炎症の状態など、ほかの要素についてもあらためて確認する必要があると考えました。
一時的な効果が持続せず、むしろ動く範囲が狭くなっているということは、筋肉の硬さ以外の要素が関わっている可能性が推測されました。
ここで担当者は、同じアプローチを頑なに繰り返すのではなく、最初の仮説そのものを見直しました。
自動と他動の動きなど、評価そのものを広げた
見立てを見直すにあたり、評価の視野をより広げる方向が検討されました。
- 自分で動かしたとき(自動運動)と、他人に動かしてもらったとき(他動運動)の動く範囲や痛みの違いをさらに詳しく比べる
- 関節を包む袋(関節包)や靭帯の硬さ、滑りやすさがどの程度影響しているかを確認する
- 痛みの質や炎症の残り具合を整理し直す
- 肩甲骨の動きや安定性についてもあらためて確認する
このように、単に特定の筋肉を押したり伸ばしたりする視点から、関節全体の構造や動かし方を含めた多角的な評価へと視野を広げていったのです。
自分で動かす動きと他人に動かされる動きの違いなど、詳しい評価の考え方は「肩の理学療法評価」で解説しています。
速見さんの例から考える|痛みが減ればすぐさま生活が戻る、というわけではない
「痛みの変化」だけではなく、「生活動作の回復」の視点をもってリハビリテーションを進めることが大切です。
痛みが落ち着いてくること自体は喜ばしい前進です。しかし、速見さんの本来の目標は「ズボンと下着の着脱を痛みなく行うこと」でした。
関節の可動域が狭くなり、背中へ手が回らない状態が続いているのであれば、どれだけ痛みが軽くなっていても、本人にとっての課題が解決したとは言えません。
関節の角度や痛みの強さは、あくまで生活を取り戻すための経過指標です。
「いま、本人が望む生活動作がどの程度できているか」を常に評価の中心に置き続ける必要があります。
リハビリを続けても変わらないときに大切なこと
もしあなたが肩のリハビリに通っていて、「なかなか動きが良くならない」「前より固まっている気がする」と感じている場合、以下の視点を持っておくことが役立ちます。
患者さんの努力不足と決めつけない
リハビリで十分な変化が出ないとき、「自分の通院頻度が足りないのではないか」「自宅でのストレッチが下手だからではないか」と自分を責める必要はありません。
肩の動かしにくさには、筋肉、関節包、神経、炎症など複雑な要素が絡み合っています。
変化が乏しいこと自体が「見立てを見直す重要なサイン」
アプローチを続けても変化が出ない、あるいは効果が持続しないという事実は、「失敗」ではありません。
それは、いまのアプローチやその前提となっている見立て(仮説)が適切かを、あらためて確認するための重要な評価情報になります。
何が良くなっていて、何が変わっていないのかを整理し、担当の理学療法士や医師に率直に伝えることが大切です。
速見さんの例は、「五十肩の一般的な経過」を示すものではありません
最後に、本実例記事を読む上での注意点をお伝えします。
記録の終点について
この症例は、方針を再検討した段階で転居によりリハビリを終了しており、残念ながらその後に可動域や着替えの動作がどこまで改善したかという最終的な結末までは記録されていません。
一つの症例をすべての人へ当てはめない
速見さんの例のように「肩関節周囲炎では誰でも痛みが減ったあとに可動域が狭くなる」と一般化することはできません。
肩の状態や回復の経過は一人ひとり異なります。大切なのは、特定の病名や手技にこだわるのではなく、あなた自身の肩の反応を見ながら丁寧に進めていくことです。
肩関節周囲炎(五十肩)の全体的な病態や一般的な経過については、関連記事「五十肩・肩関節周囲炎」を参考にしてください。
まとめ|変化が乏しいことも次の評価につながる
肩関節周囲炎の40代女性・速見アキさんの実例から学べるポイントは以下の通りです。
- 痛みの強さが和いだからといって、肩の動く範囲や生活動作が戻るとは限らない
- アプローチ直後に一時的な効果があっても、生活の中で効果が持続しているかを確認する必要がある
- 最初は筋肉や肩甲骨に着目していても、経過によっては他の身体要素や問題点に視野を広げる必要がある
- 「ズボンや下着の着脱」という本人の生活目標(HOPE)を常に評価の中心に置く
- リハビリで変化が出ないことは努力不足ではなく、見立てを見直すための大切な評価情報である
- 一つの方法に固執せず、経過の反応を見ながら評価と対応を更新していくプロセスが大切である
肩のリハビリは、あらかじめ決まった正解のメニューをこなす作業ではありません。
患者さんの今の困りごとを起点に、身体の反応を確かめながら、必要な生活へつなげていくための共同作業です。
4 unique steps 
