「夜ぜんぜん眠れず、変な夢ばかりみてしまう」
「上着の袖に腕を通すのがつらい」
「もうこの肩はあきらめている」——
外来リハビリに来るたびにそう話していたのは、62歳の女性・高野美菜子さん(仮名)。
長年の痛みに悩み、ついには左肩の人工関節手術(TSA:人工肩関節全置換術)を選択しました。
長いリハビリの中で、手術後も不安の声は続きましたが、少しずつ、“自分の腕が戻ってくる”感覚を取り戻していったのです。
高野さんは、20年ちかくにわたり左肩の変形性肩関節症に苦しんでいました。
夜間痛が強く、寝返りすら打てない生活が続いていたといいます。
やっと、子育ても終わって自分の時間が出来ると思ったのに——―
高野さんは、悔しくてなんども泣きました。
そして、やっと手術を決意したのです。
手術直後は、肩の可動域(動かせる範囲)はごく狭く、動かすのが怖くて、防御性収縮(痛みへの恐怖で体がこわばる反応)も目立ちました。
「本当にこの肩、また動くようになるのかしら…」
術後1〜2ヶ月、高野さんは次のようなリハビリを受けました:
- ストレッチポール※
- タオルスライド(手~腕をタオルにのせ、滑らせる運動)
- 肩甲帯(肩甲骨-上腕)の安定化エクササイズ
- 壁歩き(指で壁を登るように動かし、腕を上げる)
- 家事動作を想定した訓練(洗濯、掃除、棚の出し入れなど)
目標は「痛くない範囲で“生活に必要な動き”を取り戻すこと」でした。
※この痛みが辛かった時期、高野さんが使用していた型のストレッチポール(担当者推奨)。これが無かったら回復は遅れていました。(画像はロングのイメージ図です)

リハビリ3ヶ月目、高野さんはこう言いました。
「なんかね、昨日より少し動く感じがあるの」
「ほんのちょっとでも、自分で動かせるようになると嬉しいのよ」
肩の挙上可動域は90度を超え、なんとか洗濯物を干せる高さまで回復。
何も出来ない日でも、せめてストレッチポールには横になっていることは欠かしませんでした。
いつの間にか姿勢が改善し、動かす時の“怖さ”が和らいできたのでした。
退院後も、自宅でのセルフケア(肩の運動・アイシング・ストレッチ)をセラピストの指示通り継続。
ガーデニングを再開し、かがんで前に伸ばしたり、小さな鉢植えを持ち上げて植え替えることもできたそうです。
「動きはまだまだだけど、“自分の腕だ”って実感があるのが、すごく嬉しい!」
高野さんのリハビリを通して再確認できたのは、他人の手で関節可動域を広げることが出来ても、自分で積極的に使用しなければ日常生活に反映されない、という点です。
「自分で工夫してできた」「自分のやりたい事で腕を使った」ことを積み重ねていかなくてはいけない、ということでした。
リハビリの成果は、関節の角度だけではありません。
「また使ってみよう」「やってみたい」——そう思える心の回復も含めて、私たちは支えていかなければいけないのだと感じています。