【実例】リハビリとリスク管理の考え方|重い神経系の後遺症が残った男児

※本記事は、個人が特定されないよう実際の症例をもとに一部情報を調整して構成しています。

はじめに

10代前半。後藤太一さん(仮名)は、感染をきっかけに脳・脊髄に炎症を起こし、重い神経系の後遺症が残りました。

現在の状態は、

  • 骨盤以下完全麻痺
  • 体幹不全麻痺(ベッド上座位保持困難)
  • 呼吸筋力の低下による慢性的な排痰困難
  • 神経筋性側弯症の合併

1ヶ月前、風邪をきっかけに痰が出せず、呼吸が不安定になり救急搬送されています。

このような症例では、

「どこまで積極的にリハビリを行うべきか」

「安全を優先すると消極的になりすぎないか」

という問いが必ず生じます。

呼吸リスクを抱える場合の前提

呼吸筋力が低下し、排痰が困難な症例では、軽微な感染でも呼吸状態が悪化しやすいことが知られています。

神経筋疾患領域では、呼吸筋力低下がある場合、

疲労や感染が換気効率をさらに低下させる可能性が指摘されています(Finder et al., 2004)。

また、慢性的な排痰困難は無気肺や感染のリスク因子となります。

つまり本症例では、

  • 呼吸が安定していること自体が治療目標である
  • 強い負荷が必ずしも利益をもたらさない

という前提にたつ必要があります。

積極的リハビリ”を再定義する

積極性=負荷量を上げる、と同義にしてしまうと、呼吸リスクを抱える症例では危険な判断につながります。

Faigenbaumら(2017)は小児のレジスタンストレーニングにおいて、安全基準の重要性を強調していますが、これらは呼吸機能が安定している児童を前提としています。

本症例のように呼吸筋力が低下している場合、負荷強度よりも負荷条件の設計が重要になります。

具体的には、

  • 時間で区切る
  • 呼吸変化が出る前に終了する
  • 反復回数より姿勢精度を優先する
  • 翌日に疲労を残さない

といった調整です。

これは消極的介入ではありません。質を追求する介入です。

慢性期でも変化は起こり得る

Kleim & Jones(2008)は、神経可塑性(神経が経験や刺激に応じて機能的・構造的に変化する性質)の原則として使用依存性変化(使われた神経回路が強化され、使われない回路は弱まるという変化の原則)を示しました。

慢性期であっても、与えられる刺激の条件のもとで神経系は反応を示します。

Damianoら(2013)は、神経筋疾患においても機能改善が限定的であっても、動作の効率や姿勢制御の質が変化し得ることを示しています。

本症例においても、

  • 大きな筋力回復は期待できなくても
  • 姿勢安定性
  • 重心制御(身体のバランスを保つ働き)
  • 介助量

は変化し得ます。

変化の尺度を歩行獲得、など、大雑把に限定しないことが重要です。

成長期と神経筋性側弯

神経筋性側弯(神経や筋力の低下が原因で起こる背骨の曲がり)は、体幹支持機構の低下と重力による偏位の持続によって進行します。

強い筋力トレーニングが進行を止めるというエビデンス(科学的根拠)は限定的です。

むしろ重要なのは、

  • 崩れた姿勢を長時間放置しない
  • 座位支持面(お尻や背中が接している支えの面)を適切に調整する
  • 呼吸を妨げない体幹アライメント(背骨や胴体の並び方)を保つ

ことです。

側弯角度の評価や治療方針は医師管理下で行われますが、日常的な姿勢環境の調整はリハビリの役割です。

リスク管理に徹する、とは消極性ではない

本例では、

  • 呼吸状態の事前確認
  • 介入中の呼吸変化の観察
  • 介入後・翌日の状態確認

が不可欠です。

これは慎重ではありますが、”消極的”ではありません。

リスク管理とは、悪化させない範囲を明確にすることです。

その範囲内で、質を高める。

これが本症例での積極性です。

さいごに

呼吸が不安定になったことのあるこの後藤さんのような例では、

  • リスク管理を土台とする
  • やみくもな高負荷よりまずはリスクを回避した条件設定を重視する
  • 成長期における姿勢管理を丁寧に行う

という整理が必要になります。

積極性と安全性は対立概念ではありません。

呼吸が安定していることは、重要な成果です。

その安定を守りながら、姿勢と動作の質を整えていくことが、本症例における現実的かつ意味のあるリハビリの形です。

参考文献

  1. Finder JD, et al. Respiratory care of the patient with Duchenne muscular dystrophy. Am J Respir Crit Care Med. 2004.
  2. Faigenbaum AD, et al. Youth resistance training: updated position statement. J Strength Cond Res. 2017.
  3. Kleim JA, Jones TA. Principles of experience-dependent neural plasticity. J Speech Lang Hear Res. 2008.
  4. Damiano DL, et al. Rehabilitation strategies targeting neuromuscular performance. Dev Med Child Neurol. 2013.