「結局ずっとこのままなのかと思って絶望しました…」
「手術したのに膝は曲がらないし、歩くのが怖くなった」
そんなふうに、不安を抱えて術後のリハビリを始めたのは、65歳の女性・後藤かなえさん(仮名)。
右の膝に、人工関節を入れる手術(TKA:人工膝関節全置換術)を受けた直後のことでした。
でも、丁寧な筋トレと「新たな自分の膝」の使い方を根気よく覚えていくことが、後藤さんの身体と心に変化をもたらしていきました。
手術は終わった。でも「膝が曲がらない」
後藤さんは、18年にわたって右膝の痛みに悩まされてきました。
正座どころか、500メートルも歩けない。階段も一段ずつしか降りられない。
とうとう、だまっていても痛みは引くことが無くなり、終わる気がしなかったブロック注射を断念し、最終的に選択したのは、人工膝関節全置換術(TKA)手術でした。
手術後のリハビリ初日。
後藤さんの膝は思うように曲がりませんでした。
「術前の膝の状態が術後にも影響する」と散々リハビリ担当者に言われていたのを思い出しました。
なんとなく、そんなうまくはいかない気はしていたけど、「手術さえすれば」という希望がいざ本当に打ち砕かれると、絶望感しかわきませんーー
さらに、膝裏の強い痛みと「防御性収縮(=怖くて筋肉が緊張し痛む反応)」が目立っていました。
「曲げようとするだけで怖いんです。痛いかもって思うと、勝手に体が拒否しちゃって…」
術後3週目までは、“痛みの軽減”が最優先
リハビリ初期(1日目〜術後3週)は、炎症症状(腫れ・熱・痛み)を抑えることが最優先でした。
この時の後藤さんのリハビリ内容は以下の通りです。
- 冷却(アイシング)
- セッティング(太ももを締める運動)
- アンクルエクササイズ(足首の柔軟性と血行の回復)
- スライディングボード(小さいスケートボードの様なもの)に足を乗せて、軽く膝を曲げ伸ばし
- NUSTEP(ペダルを使った運動)
膝を“動かす練習”というよりは、「動かしても大丈夫かも」と思える感覚を育てる段階でした。
術後3〜6週|少しずつ、筋力と可動域拡大のトレーニングへ
つらい術後の日々は、あっという間でした。
痛みが落ち着いてきた3週目以降は、筋トレ(=筋力トレーニング)と動作訓練のフェーズへ。
- ROM(関節の動く角度)訓練を、仰向けで療法士にやってもらうことに加え、座位で自分の力を使って行う
- 太もも前(大腿四頭筋)、お尻(殿筋や深層筋)、ふくらはぎ(下腿三頭筋・ヒラメ筋)のトレーニング
- 足首や股関節の連動性を高める協調性訓練
- 段差昇降やスクワットの体重がかかった状態での動作も導入
徐々に、「曲がらないから怖い」→「動かす感覚が戻ってきた」という心理的な変化も出始めました。
術後3ヶ月〜4ヶ月|「膝が曲がる気がする」と言った日
術後3ヶ月。後藤さんは、担当理学療法士もあまり聞いたことない、こんな言葉をつぶやきました。
「ブランコをこぐと、なんか膝が自然に曲がる感じがするんですよ」
久しぶりに調子が良かったので、孫と一緒に公園に行って、たまたまブランコに乗ったのだと言うのです。
訓練室で確認すると、実際、うつ伏せでの“バタ足運動”などで、リズムよく膝が曲がるようになってきていました。
この時期の後藤さんのリハビリ内容です。
- チェアスクワット(イスからの立ち座り)
- ストレッチベンチでの太もも裏〜ふくらはぎ伸ばし
- 超音波治療(患部の炎症緩和)
- 自宅でのセルフケア(アイシング・軽運動)
これらのメニューを組み合わせながら、生活動作もスムーズに。
「スーパーまで歩いていけるようになりました。怖さが減った分、気持ちも軽くなった気がします」
【理学療法士として】防御性収縮の解除は、段階的なプログラムに加え、「自信の積み重ね」
後藤さんのような患者さんにお会いすると強く感じるのは、“やる気”ではなく“安心感”が可動域を広げるということです。
「膝が曲がらない」のではなく、辛いエピソードが重なって、「膝を曲げたくない」のかもしれない。
そう思って、少しずつ、“安心して動かせる体験”を積み重ねる関わり方を意識しました。
術後の筋トレは、ただの筋力強化ではありません。
「この体でまた歩けるかもしれない」と思えるきっかけ作りなのです。