「手術したのに膝が曲がらない」ーー人工関節手術後、筋トレで不安を超えた65歳女性の記録

「結局ずっとこのままなのかと思って絶望しました…」

「手術したのに膝は曲がらないし、歩くのが怖くなった」

そんなふうに、不安を抱えて術後のリハビリを始めたのは、65歳の女性・後藤かなえさん(仮名)。

右の膝に、人工関節を入れる手術(TKA:人工膝関節全置換術)を受けた直後のことでした。

でも、丁寧な筋トレと「新たな自分の膝」の使い方を根気よく覚えていくことが、後藤さんの身体と心に変化をもたらしていきました。

正座どころか、500メートルも歩けない。階段も一段ずつしか降りられない。

とうとう、だまっていても痛みは引くことが無くなり、終わる気がしなかったブロック注射を断念し、最終的に選択したのは、人工膝関節全置換術(TKA)手術でした。

手術後のリハビリ初日。
後藤さんの膝は思うように曲がりませんでした。
術前の膝の状態が術後にも影響する」と散々リハビリ担当者に言われていたのを思い出しました。

なんとなく、そんなうまくはいかない気はしていたけど、「手術さえすれば」という希望がいざ本当に打ち砕かれると、絶望感しかわきませんーー

さらに、膝裏の強い痛みと「防御性収縮(=怖くて筋肉が緊張し痛む反応)」が目立っていました。

「曲げようとするだけで怖いんです。痛いかもって思うと、勝手に体が拒否しちゃって…」

術後3週目までは、“痛みの軽減”が最優先

リハビリ初期(1日目〜術後3週)は、炎症症状(腫れ・熱・痛み)を抑えることが最優先でした。

この時の後藤さんのリハビリ内容は以下の通りです。

  • 冷却(アイシング)
  • セッティング(太ももを締める運動)
  • アンクルエクササイズ(足首の柔軟性と血行の回復)
  • スライディングボード(小さいスケートボードの様なもの)に足を乗せて、軽く膝を曲げ伸ばし
  • NUSTEP(ペダルを使った運動)

膝を“動かす練習”というよりは、「動かしても大丈夫かも」と思える感覚を育てる段階でした。

術後3〜6週|少しずつ、筋力と可動域拡大のトレーニングへ

つらい術後の日々は、あっという間でした。

痛みが落ち着いてきた3週目以降は、筋トレ(=筋力トレーニング)と動作訓練のフェーズへ。

  • ROM(関節の動く角度)訓練を、仰向けで療法士にやってもらうことに加え、座位で自分の力を使って行う
  • 太もも前(大腿四頭筋)、お尻(殿筋や深層筋)、ふくらはぎ(下腿三頭筋・ヒラメ筋)のトレーニング
  • 足首や股関節の連動性を高める協調性訓練
  • 段差昇降やスクワットの体重がかかった状態での動作も導入

徐々に、「曲がらないから怖い」→「動かす感覚が戻ってきた」という心理的な変化も出始めました。

術後3ヶ月〜4ヶ月|「膝が曲がる気がする」と言った日

術後3ヶ月。後藤さんは、担当理学療法士もあまり聞いたことない、こんな言葉をつぶやきました。

「ブランコをこぐと、なんか膝が自然に曲がる感じがするんですよ」

久しぶりに調子が良かったので、孫と一緒に公園に行って、たまたまブランコに乗ったのだと言うのです。

訓練室で確認すると、実際、うつ伏せでの“バタ足運動”などで、リズムよく膝が曲がるようになってきていました。

この時期の後藤さんのリハビリ内容です。

  • チェアスクワット(イスからの立ち座り)
  • ストレッチベンチでの太もも裏〜ふくらはぎ伸ばし
  • 超音波治療(患部の炎症緩和)
  • 自宅でのセルフケア(アイシング・軽運動)

これらのメニューを組み合わせながら、生活動作もスムーズに。

「スーパーまで歩いていけるようになりました。怖さが減った分、気持ちも軽くなった気がします」

【理学療法士として】防御性収縮の解除は、段階的なプログラムに加え、「自信の積み重ね」

後藤さんのような患者さんにお会いすると強く感じるのは、“やる気”ではなく“安心感”が可動域を広げるということです。

「膝が曲がらない」のではなく、辛いエピソードが重なって、「膝を曲げたくない」のかもしれない。

そう思って、少しずつ、“安心して動かせる体験”を積み重ねる関わり方を意識しました。

術後の筋トレは、ただの筋力強化ではありません。

「この体でまた歩けるかもしれない」と思えるきっかけ作りなのです。